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2024/11/05/火
寄稿:メディヴァの歴史
2000年の暮れ。用賀アーバンクリニックが開業して間もないころ、大石さんから医療の世界で出遭った不思議をいくつも教えてもらった。その一つに、医療と直接の関係がなさそうな事務用品に至るまで世間相場からかけ離れた値付けがまかり通っていることがあった。
クリニックの準備をするなかで医療用品の専門問屋に聞いたところ、何ということもないハサミが1万円以上していたという。「おかしくない?」と尋ねられたのを覚えている。当然ながら、文具店に出向いて結構いいハサミを買ったそうだが、3分の1ぐらいの値段だったと聞く。待合室の椅子、調度品はもちろんのこと診療室や事務室のデスク、ロッカー類も同様で、こちらは事務用品店などでデザインや使い勝手のいい品を選んだ。
いま用賀のマンション4階にある総務部門の壁には二つの許可証が額に入れて掲げられている。一つは「高度管理医療機器等販売業・貸与業許可証」で世田谷保健所長が発行したもの、もう一つは都知事名の「医療医薬品販売業許可証」である。このオフィスには12人が働くが、そのうち5人は総務の仕事をこなしながら通信販売の大手「アスクル」の正規取扱販売店業を営んでいる。
文具や事務用品が翌日には届くことからアスクルと名付けられた通販会社の知名度は抜群で、日ごろから使っている人も少なくないだろう。ビジョナリーな創業者岩田彰一郎氏のもと1993年3月に本活的な営業活動を始め、ボールペン1本から注文でき、迅速な配送を徹底する商法で大当たりした。それまでの文具業界の商慣習では、小口顧客には配達してくれないし、値段も割高なのが当たり前。大口顧客への対応とは明らかに差があった。この業界の常識に風穴を開けたのがアスクルだった。
そのアスクルは2004年1月、「メディカル&ケア カタログ」を創刊し、医療関連の通販に飛び込んだ。未知への挑戦を手助けしたのがメディヴァで、その後販売店にも名乗りを上げることになる。
そのころ、大石さんはアスクルの社外取締役だった。当時は社外役員も執行に関わることがあり、医療や介護業界で続く不透明な慣習に商機が潜んでいることを経営陣に提言した。メディヴァはコンサルとして医療用品市場の将来性などを分析した。担当したのは入社して間もない白根真さんや岩崎克治さんだった。いずれも現在は取締役である。
白根さんがそれまで勤めていた会社では動物病院を対象にメディカル関連の通販をしていたが、その当時からアスクルは強力なライバルになるとみて対抗策を考えていたという。注目したのは、全国に販売店を置きカタログを配らせるというアスクル独自の営業モデルである。地道に文具や事務用品を扱うなかで取引口座を開設している医療機関は多く、競争上の有利な立場にあるという見立てだった。当人がメディヴァに転ずることになったのは、ちょうどメディヴァがアスクルとの取り組みに本腰を入れだした時期だった。
市場規模は大きくても、カタログ通販がどこまで通用するのだろうか。そこで大石さんがマッキンゼー時代に開発した「盆栽アプローチ」を試してみた。大きさは違っても完全な樹木である盆栽にちなみ、小規模でもいいので調査を尽くし、そのうえで試行してみることで可能性や問題点を探る手法だ。プラタナスの野間口聡、遠矢純一郎両医師の伝手で、お二人の出身地である鹿児島など九州の院長らにヒアリングをかけ、模擬営業もやってみた。
医療用と名前が付くとレセプトやカルテ用紙などの紙モノまで値段が跳ね上がるが、文具通販のアスクルなら紙も事務用棚やロッカーなどもお手の物だ。これまで医療専業の商社が介在することでコスト高になるだけでなく、過疎地や離島ではさらに値段が高くなる。これに対して、多品種少量販売の通販は全国統一の価格が当たり前で、利用客はカタログでじっくりと選べる。翌日配送のおかげで、従来の一箱単位での注文なら欠かせなかった在庫スペースも要らなくなる。
白根さん、岩崎さんは医療機関の反応に手ごたえを感じた。調査の結論は「勝てる」である。
さらに市場の動きを実体験するために、医療通販ビジネスが本格的に始まるとメディヴァ自身も販売店を引き受けた。最前線に位置するサプライヤーとしての気付きをアスクルにフィードバックできるからだ。旗揚げして数年しか経っていない用賀アーバンの経営はまだ安定せず、メディヴァとして稼ぎ口を探していた時期だけに、新たな事業の開拓にもなる一石二鳥だ。当初はガーゼや紙など限られた取扱商品でスタートし、個人営業のクリニックなどにDMも送った。
大石さんが植えて、白根さん、岩崎さんが育てたアスクル事業をいま担当している一人が溝口尚子マネージャーだ。事務系の社員が全社で20人足らずの時期にメディヴァに加わった。岩崎さんのもとで経理を担当したが、そのうちにアスクルの仕事も自然に引き継ぐことになった。14年に入社したシニアマネージャーの仲筋友亮さんが加わったころには3億円ほどだった売上が、いまは5億円を超えている。医療関連商品の顧客として1000から2000の登録口座を持つまでになった。
顧客へのサポートだが、落ち着いて息長くやらないとならない。そうした仕事は複数のメンバーがいて、細かい事務処理に長けている総務部門と親和性があった。「片手間ではできないが、さりとてすべての時間を投ずるわけにはいかない。バランスよく時間を配分して仕事をこなしている」と岩崎さんは見ている。
多くの企業では市場開拓にあたるのは営業部門だが、ここでは総務が担当する。オフィスの壁に二つの許可証が掛かっているのもこのためだ。取引先はほぼすべてが医療機関で先方の購買部門とのやり取りが中心のため、相手の事情はよく分かる。バックオフィス同士のつながりを重視し、不都合があれば寄り添って解決していく姿勢で信頼を積み上げた。
販売店の主な業務は入金の確認やアスクルの発注システムへの登録代行などだ。これまで多くの病院は院内の各部門から出された物品請求書を購買担当の部署に集め、そこから一括して注文する形だったが、これでは手間も時間もかかる。そこで各部門から直接注文を当方に出してもらい、購買部門などの承認が得られたら正式発注という設定もしている。その際は病院側が決めている発注上限額などにも目配りして対応することから、取引先からは重宝がられている。
顧客は増えているため、溝口さんは山形や熊本、福井、兵庫などの医療機関に出張して、説明や打ち合わせをすることもある。これまでの営業努力により全国展開している大口先を持っているのは心強い。
そこでの重要なキーワードは共同購買である。大きな組織では注文を一つにまとめることで価格の引き下げなどの余地が生まれる。同じグループに属する複数の病院がアスクルの医療通販が始まるなかで共同購買に踏み切り、一つのアカウントで取引することになった。これは日経新聞の1面にも報じられているほどのニュースだった。
長らくアスクルの通販は医療と一般は別登録で、医療分野の競合先は限られていた。それが一本化されたため、取引先の争奪戦が極めて厳しくなることを覚悟した時期もある。ただ、医療材料は薬剤師登録がないと扱えず、冒頭で紹介した許可証が必要となる。医療職の存在が必須の分野とあって、どこでも手を出せるわけではなく、深刻な影響は免れた。
本来ならコスト部門とされる総務だが、メディヴァでは利益を生むプロフィット部門でもある。「自分たちの食い扶持は稼いでいる」と仲筋さんは胸を張る。メディヴァの重要な業務の一つに開業支援があり、開院に欠かせない医療用品や事務機器などの仕入れ先に選ばれることが多い。今後はCCHの事業拡大もあり、さらに広げられると期待している。また、近年は開院ブームとなっている美容クリニックの取引先が拡大しているそうだ。
オマケの話を一つ。アスクル側で医療通販プロジェクトのリーダーを担った吉岡晃氏は、19年に岩田氏を継いで社長に就任している。
患者本位の医療を掲げたメディヴァの船出は、アスクルという強力な味方を得たことで医療用品の世界にはびこる不合理さへの挑戦につながった。