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2024/04/30/火

寄稿:メディヴァの歴史

無人島に街をつくれ ー 先駆者列伝25:高齢社会の最先端を拓く

介護保険制度が始まったのは2000年のことだった。在宅医療を推進するための制度が本格的に整えられだしたのも、この頃である。同じ年にメディヴァが旗揚げし、用賀アーバンクリニックが開院したのは、偶然だったのだろうか。そんな思いに駆られることがある。

急激な高齢化が進むことで、医療の姿は変容を迫られている。入院して病気の根治を目指すものから、住み慣れた自宅で生活の質を保ちながら過ごし、必要に応じて医療サービスの担い手が訪れる。在宅医療が普及することは、治療を受ける側にとって望ましい。さらに人口減少が避けられない社会で、病床を増やすことは保険財政からも難しい。

在宅医療の広がりはメディヴァが描いてきた理想にも一歩近づくことになるだろう。その推進役の一人がコンサルティング事業部の村上典由シニアマネージャーだ。桜新町アーバンクリニックの事務長も務める。すでに連載の第4回、第5回で紹介した訪問診療の先駆者、遠矢純一郎院長と二人三脚で歩んできた。村上さんが在宅医療制度の転機と見るのは2006年。診療報酬制度で「在宅療養支援診療所(在支診)」が創設された。

「24時間365日体制で連絡が取れる」「深夜でも往診が可能」「緊急時に入院手配ができる」「看取り等の実績を定期的に厚生労働省へ報告している」。そんな条件を満たした場合に限って与えられるお墨付きだ。もちろん桜新町アーバンクリニックはこの指定を受けている。6年後にはさらに拡充した「機能強化型在宅療養支援診療所・病院」の制度が新設され、桜新町アーバンクリニックを含めプラタナスの在支診はこちらの要件も充たしている。

遠矢院長らが在宅医療に乗り出した時期は、こうした制度に先んじている。さらに16年には村上さんは大石さんと一緒に政策提言もした。体制を強化し、重症者のニーズに対応できる医療機関の報酬を手厚くすることを求めたものだ。「制度が後からついてきたのであり、我々は先を行っていた」という自負はある。

国が前のめりになってまで普及を急ぐ在宅医療は、医療業界で注目を集めるようになる。当初の報酬体系では、有料老人ホーム、グループホームなどの施設も居宅(個人宅)も変わらない。施設なら一カ所を訪れれば10人単位で診ることも可能で効率は良い。旨味のあるビジネスと見ての参入者が増えた。当然のことだが、その後「適正化」という名の下で点数の見直しが始まり、施設での診療報酬は4分の1に抑えられた。

ただ、居宅在宅も施設在宅もそれぞれに社会的必要性があり、難しさもある。居宅では家で療養する軽い患者がいる一方で、ガン末期や神経難病といった重症者も診る。施設の入居者の多くは認知症を患っている。居宅は患者本人の希望には近づけてもサポートする家族に負担がかかる面もある上に、看護、介護、薬局など多くの職種が連携する必要がある。

施設は家族がいないので、ご本人と家族、さらには施設の意向調整をしないといけないうえ、看護師などの医療職がいなかったり、人員が限られたりしているため、いざという時の対応力は様々だ。また地方であれば、効率性の観点からも施設の必要性は高い。どちらが良いというわけではなく、患者をとりまく環境の中で選択できることが望ましい。

そんな中での施設在宅に対する診療報酬の減額が及ぼす影響は大きかった。プラタナスではより能力や意欲が高い医師を雇う努力を重ね、訪問の効率化を進めることで、居宅でも施設でも利益が出るよう設計し直したが、一部の医療機関では撤退するところも出た。一方、態勢が整っていないのに、患者が増えすぎて診療体制が追いつかない診療所もある。上手くいかないところ、上手くいきすぎたところの双方から、在宅医療のノウハウを教えてもらいたいと支援を求められるようになった。10年ごろからコンサルティング業務が本格的に始まっている。

相談の中身は多岐にわたり、しかも難しい課題が並ぶ。
―在宅療養支援診療所を始めたが、患者が増えない
―24時間、365日を一人で対応するのはきつい。うまく回す仕組みを作れないか
—中小病院はすでに当直医を置いているが、それだけでも大変。在宅で新たに夜間対応を配置するのは苦しい
―オペレーションが全く回らず、毎日残業続きで医師もスタッフも疲弊している
—開業医は100人以上になると医師や看護師の確保が必要になるが、採用・定着が難しい

さらに発想の転換も求められる。病院なら旧来の医師中心のヒエラルキーで済むが、生活を支える在宅は介護やリハビリ、栄養指導、歯科医など多職種がフラットでないと回らない。医師に求められるのは全体を束ねるリーダー役である。状況に応じた柔軟な組織作りが大切だが、その中心にいることが当たり前だった医師にとって簡単ではない。

クライアント先の求めに応じて経営指導をするが、それ以上に難しいのが、息長く在宅医療を続けられる組織作りと意識改革だった。

実戦部隊の一人に荒木庸輔さんがいた。荒木さんはミラノ工科大学で都市計画を学び、新卒でメディヴァを受けた。医療は地域の社会インフラの一つで水や電気と同じと考え、面接では医療を通じた街づくりの重要性を訴えた。それが功を奏して08年に採用され、松原アーバン事務長として在宅医療と有床診療所の運営を学んだ後、在宅医療中心のコンサルタントに転じた。15年には長野市に隣接する小布施町にある新生病院のコンサルティングを受託し、不振が続く経営の立て直しにあたった。

調査から入ったが、地域の高齢化率や周辺の医療機関の配置から在宅医療こそ伸ばすべきという結論に行きついたという。当時の新生病院の在宅医療は組織化されておらず、医師が余裕のある時間に退院患者を診にいく程度だった。それを根底から見直し、訪問看護を中心に据えた診療体制を新たにつくり、人間味のある医師にチームを委ね、1日8件訪問という誰にでもわかる目標を設定した。地域医療の「最後の砦」との自覚を持ち、診察の依頼を断らないことを徹底した。

在宅診療の収入は15年度からの6年間で10倍に伸び、22年度には外来診療を上回るまでに。現在、約250人の在宅患者を抱えている。

19年には業務委託の形で経営管理部長を依頼された。さらに2年後、転籍を誘われ、「歴史のある病院で、人生の一時を賭けるに値する」と引き受けることにした。今は常務理事兼法人事務局長である。メディヴァが推進しているコミュニティ&コミュニティ・ホスピタル(CCH)を目指し、患者さんを中心に多職種が自由な立場から発想し、発言し、行動できるフラットな組織づくりを進めている。

冒頭にも書いたが、政府は病床を削減し、高齢化の大波を在宅で乗り切ろうとしている。2018年度からの第7次医療計画、今年度スタートの第8次計画でも、都道府県が整備すべき項目として、救急医療や災害時医療、へき地医療などと並んで、在宅医療が明記されている。

これを受け各都道府県では在宅医療の推進が重要な政策課題になっている。メディヴァは千葉県で在宅医の養成と在宅医療をスタートアップさせるためのコンサルティング事業を受託し、その後、山梨県からの依頼も受けている。いずれの県も在支診の数が少ないことから、在宅医療を提供する医療機関を増やす取り組みを急ぐ。在宅医療特有の24時間365日対応が、開業医が参入するときの心理的な壁として立ちはだかる。外来との両立はできるのか、という院長さんの不安も分かる。そうした懸念にしっかりと応えることが求められている。

両県での事業にも関わるコンサルティング事業部の椎野優樹マネージャーはネットワークづくりの大切さを納得してもらうよう心掛けている。大都市なら終日対応できる医療機関は多く、在宅療養中の患者のニーズをカバーできる。しかし、医師が限られた地域ではそうはいかない。1人医師体制の開業医で在宅患者を支え続けるのは無理である。連携して負担を分散するネットワークがなければ維持できないが、その構築には、患者を取られることへの警戒感や手の内をさらしたくないという思いを和らげつつ、互いが協力しあう環境づくりが欠かせない。

全県を挙げて在宅医療に取り組むとまではいっていないが、意欲的な市も加わってネットワークが回りだしている。とくに開業医では負担のバランスが重要で、どれだけの患者を持てるのか、在宅と外来のバランスをどう考えるのかというのは医師それぞれが判断するしかない。地域に必要な医師数や経営への影響をシミュレーションして示すことで、関係者が納得できる仕組みを構築する役割が椎野さんらに期待されている。

最後に在宅医療でも教科書が作られていることを紹介したい。こちらの筆者は村上さんと荒木さんだ。

きっかけは政策研究大学院大学での「医療政策」の夏季集中講座に参加したことから。メディヴァは毎年社員を派遣していた。そこに千葉県庁からの参加者がいて意気投合した。15年には在宅医療を推進するスタートアップ事業の中で全10回の講座を始めることになり、急遽テキストを作った。おかげで在宅医療の歴史や意義、制度のポイントなどが体系化できた。その労作がプロの編集者の目に留まり、『在宅医療経営・実践テキスト』として世に出た。「医療機関の類型別の1カ月当たり収益早見表」のように数字がぎっしりと詰まった見開きページもあり、苦労がしのばれる。

19年7月の初版をもとに22年12月には改訂版が出ている。報酬改定に合わせて、中身も3割ほど増やした。プラタナスが長年積み上げてきたノウハウやデータが活用されているのが印象的だ。たとえば死亡診断時の医師の立ち振る舞いの注意点や心構え、声の掛け方などは、多くの看取りを体験している桜新町や松原アーバンクリニックの医師からの聴き取りで生まれた。

在宅医療は社会に欠かせない存在となったが、携わってくれる人が増えないと制度は回らない。意欲のある医師や看護師、医療スタッフを確保することが最優先課題だ。メディヴァには病棟でガン患者を担当していたが、入退院の繰り返しだったことから、これではダメだと考えて転職してきた人もいる。そうした人々が集まり、培った知見や技術を駆使して周囲に働きかけることを通じ、良質な在宅医療の輪をさらに広げたい。