2020/10/09/金

医療・ヘルスケア事業の現場から

集団心性を理解し、組織運営に活かす

コンサルティング事業部コンサルタント 臨床心理士 宮響太郎

はじめに

医療機関に従事する人々は、従事する業務の特徴から、大きなストレスを抱えやすい職業です。
また近年、医療・保健・福祉領域においても市場原理が導入され利益や効率が求められることで、組織やそこで働く個人のさらなる疲弊にもつながっています。これらの職種で休職や退職が増加していることも問題視されています。

本稿では、このような状況を個人の病理や脆弱性に帰するのではなく、筆者の専門分野でもある心理学の知見を活かして、組織のもつ問題と捉え解決することを考えていきたいと思います。

組織の中で起こる無意識の集団心理

組織で起こっている問題を個人の問題として切り捨ててしまえば、一時的に問題が解決したようにみえても、必ず問題はまた形を変えて表れてきます。したがって問題解決のためには、組織の使命を明らかにし、仕事そのものの性質を正面からみつめ、チームメンバーがどのような立場に置かれているのかを、組織全体として考える必要があります。

一方で、問題を生み出すプロセスは無意識に生じることが多く、この無意識を意識化するためには、組織運営に携わる人間が、自らの先入観を捨ててあるがままに見ることがとても重要です。それには、組織の中ではどんな無意識が働くのかを知っておく必要があります。

集団における無意識を研究した人に、W.R.ビオンという人がいます。少し複雑な理論ですが、要約すると以下のような内容となります。

集団には、(1)目的を果たすための専門性の発揮や相互的な協力・連携が上手くいっている現実的かつ機能的な成熟した集団と(2)各メンバーの無意識的な意図が複雑に入り組んでいる集団がある。

生産性が高いのは(1)のグループであり、(1)のような集団を目指すことが必要である。

(2)のような集団は、無意識に不安を解消しようとする行動を起こし、不安を解消するための行動に忙しいため、生産性を落としてしまう。また、無意識に行動を起こすため、当事者が自分で回避するのは難しい。

(2)のような集団は、典型的に以下の3種類の行動を起こす。

依存グループ……グループのメンバーが、リーダーに全面的に依存しているグループ。基本的に、リーダーの能力や指揮、責任によって全ての仕事が遂行されていくので、リーダーが辞めたり意欲を無くしたりすると共通目的を持つ集団として殆ど機能しなくなってしまう。

闘争‐逃走グループ……グループのメンバー間の協力・連携が上手くいっておらず、グループのメンバー同士が『闘争(戦うべき敵)』や『逃走(逃げるべき合わない相手)』といった認知・印象を持ってしまっている。闘争‐逃走グループではグループのメンバー同士が『助け合うべき仲間』ではなく『戦ったり逃げたりしなければならない敵(ストレスの原因)』になっているので、共通目的を持つ集団として機能しないリスクが高い。

ペア・グループ……グループのメンバーが、自分と気が合う相手とだけ付き合い協力するグループであり、『仲良し同士のペア』がいくつも作られるが、『ペア以外のスタッフ』との協力や連携が見られない。グループが抱えている問題やトラブルを自分たちが責任を持って主体的に解決しようとするのではなく、誰か特別な能力を持つ人物や救世主的な人物に助けてもらおうとする依存的な側面も強い。

組織運営の失敗例

上述の3つのグループのメンバーは、自分たちの仕事上のタスクよりも、グループへの関係に没頭してしまい、グループの存続自体が目的となってしまうため、疲弊してしまうリスクの高いグループです。

生産的な組織を維持するためには、こうしたグループになっていないかということを、組織を運営する人間が注意深く観察すればよいということになりますが、組織を運営しようとする人もその組織の一員であるため、無意識的な行動に巻き込まれてしまうことも多く非常に難しいです。
無意識的な行動に巻き込まれないようにするのに最も重要なことは、組織としての『共通の目的』を設定することです。

しかし、多職種チームで成り立つ医療機関のような組織では、それが非常に難しくなります。
メンバーそれぞれの異なる教育背景から、様々な価値や優先順位、関心を持つために一貫した同じ目的を共有できなくなることが往々にして起こります。
そのため、組織としての『共通の目的』を抽象的・一般的な言葉ではなくしっかりと定義づけ、それを実現させるための明確な方法と優先順位をきっちりと設定することが病院運営には不可欠です。

以下に、目的の定義づけやその実現性が欠けてしまった組織が、不安を解消するために本来の目的ではなくグループの存続に没頭してしまった、組織運営の失敗例をひとつ挙げてみます。

事例A:共通目的の設定を曖昧にしてしまった事例

A病院では「薬物依存を抱える患者たちに包括的なサービスを行う」という目的の下、依存症集団療法のチームが立ち上げられました。最初は医師と看護師だけのチームであったが、のちに精神保健福祉士と公認心理師がチームに加わり、医学的なニーズだけでなく心理的なニーズにもアプローチする体制が整い、近隣でも依存症に強い病院として名前が知られるようになっていった。数年後チームのスタッフは倍になったが、順番待ちの患者は増える一方でした。

チームはスタッフを補充することが唯一の解決方法であると感じていました。一方で経営陣からみたら、それは一時的に順番待ちの患者を減らすことができても、やがて新しいスタッフの手もいっぱいになることは明らかに思えました。

そこで経営陣は、チームが仕事のやり方を見直して工夫することによって、基準よりも長めに設定されている治療時間を短縮することを提案しました。しかしこの提案は自分たちの仕事を評価せずむしろ妨害しようとしているかのように受け取られました。チームは反発するかのように今までと同じように、患者のためと1回の治療をたっぷりと時間をかけて行い、集団療法を受けられずにいる患者の存在は見えていないかのように没頭していき、順番待ちの患者は増えていきました。

ついに経営陣は、治療時間を短縮することを強制的に決定したところ、チームメンバーは憤慨し、病院に裏切られたように感じ、退職者が次々とでてしまいました。すると残ったスタッフにさらなる負担がかかり、休職者まででてきてしまい、ついには集団療法を中断せざるを得なくなってしまいました。

この事例では、このチームの目的を非常に漠然と設定してしまったことで、チームはあたかもケアを必要としている全ての人に必要なだけの支援をし続けることが自分たちの仕事であるかのようにふるまうこととなってしまいました。しかし実際には集団療法の1回に受けられる患者数にも、スタッフの数にも、それを支える病院の資金にも限りはあるため、思うような仕事はできなくなっていきました。それはスタッフにとって、仕事量が増えすぎたことによるストレスに加え、スタッフ自身も気づいてない部分では、順番待ちの患者さんに対応できずにいるといったストレスも生じてしまいました。このチームではこうしたストレスを、経営陣が十分な人員を補充しなかったせいにし、経営陣を攻撃する形にすり替えることで不安を解消することになってしまいました。

生産的な組織にするために

生産的な組織として機能させるには、(1)組織としての『共通の目的』を明確に設定し、(2)それを実現させるための明確な方法と優先順位をきっちりと設定することが非常に重要です。
それでも、組織内の混乱はしばしば生じてしまうものです。

その混乱に気づくには、自らの組織内のグループが、前述したような「依存グループ」「闘争‐逃走グループ」「ペア・グループ」のような特徴を示していないかを組織運営を担う人たちが随時観察しておくことが必要です。

また、しばしば生じる組織内の大きな混乱のプロセスを理解しようとするには以下のような順番で考えていくとわかりやすいです。

(1)組織としての『共通の目的』とは何か?
(2)自分たちの、あるいはそのグループの仕事の仕方は、組織としての『共通の目的』とどのように関連しているのか。
(3)自分たち、あるいはそのグループは現在、何をしようとしているようにふるまっているのだろうか。(どのように見せかけようとしているのか)

(2)で、グループの仕事の仕方が組織としての『共通の目的』と関連が薄いことがわかれば、何かしら非生産的な状態が生じていることがわかり、(3)で非生産的なグループがどんな風に見せかけようとしているかがはっきりすれば、メンバーの葛藤や不安を知るきっかけになります。メンバーの不安や葛藤に気づくことは、組織を生産的な状態に回復させ“チーム医療”を実現するためにとても重要です。

さいごに

今日の医療現場では、地域連携医療に向けてチーム医療の必要性が叫ばれ、それに伴い他職種連携が強く求められています。
その中で、患者との二者関係だけにとどまらず、患者の家族や医療以外の専門職、地域の人々などが協同して病に向き合っていくにはどうしたらいいのかと考えながらも、いったん考えないようにして日々仕事をこなしていっている医療従事者は多いのではないでしょうか。
そうした医療従事者たちの無意識にある不安や葛藤に寄り添うことこそが、健全な医療組織を運営していくことにつながると考えますし、本稿がその一助となりますと幸いです。