2020/05/28/木

医療・ヘルスケア事業の現場から

生きたMERSの教訓:サウジアラビアの新型コロナウイルス対策│GLOBAL

メディヴァ海外事業部
コンサルタント 宮田佳歩

はじめに

中国、日本から遅れてコロナウイルス感染が確認された中東諸国でも、感染拡大に歯止めがかかりません。5月21日時点で感染者数はイラン12万人以上、サウジアラビア6.2万人以上、アラブ首長国連邦2.6万人以上となっています。本稿では、2012年に初めて確認されたMERS(中東呼吸器症候群)の教訓を生かした、サウジアラビアにおける新型コロナウイルス対策をご紹介します。

ラマダン後に向け警戒高まる

中東で信徒の多いイスラム教には、毎年1カ月間、日の出から日没まで断食を行う「ラマダン」の義務があり、2020年は4月23日~5月23日となっています。ラマダンが明けると1週間程度の休暇に入り、「イード」というイスラム教徒最大の祝祭が開かれます。例年であれば家族や友人と集まったり礼拝に出かけたりしますが、今年はお祭りムードどころではないでしょう。
エジプトはイード期間中、公共交通機関を停止し夕方5時から夜間外出禁止 外務省、カタールではマスク着用が義務化され、違反者は禁固3年および最高約580万円の罰金が科せられることになっています AFP通信。今回は、イスラム教の聖地メッカを有するサウジアラビアについて、詳しく見ていきます。

MERSの経験を生かした事前対策

2012年に初めて確認されたMERS(中東呼吸器症候群)は、今年に入っても感染者が出ており、今なお収束の見通しが立っていません。致死率は34%と極めて高く、世界の確定患者のうち8割以上がサウジアラビアから報告されています日本感染症学会。
サウジアラビアではその教訓を生かし、2020年3月2日に初めて国内で新型コロナウイルスの感染者が確認される以前から対策をとっていました。ビザを制限したほか、25の病院を新型コロナウイルス専用とし、それとは別に2,200床の隔離病床も用意していますJETRO 。
また感染者が出たあとも、3月中に厳格な行動制限を行ったり、中国の協力のもと国内6か所に集団検査センターを設置することを決定したりと、迅速な対応がなされているようです。それでもMERS、新型コロナウイルスともに感染拡大が続いているのはなぜか。

次の3つ
(1)院内感染
(2)人材不足
(3)慢性疾患・基礎疾患
が課題と考えられます。

課題(1)院内感染

サウジアラビア西部に位置するジェッダ(首都リヤドに次ぐ第2の都市)のMERS感染経路を調べたところ、院内感染が60%だったという報告があります ” Middle East respiratory syndrome coronavirus infection control: The missing piece?” American Journal of Infection Control 42 (2014) 。別の調査では、同都市の三次救急医療機関内で発生した院内感染者のうち、3割近くが救急部門で感染したことが分かっています ” Outbreak of Middle East Respiratory Syndrome at Tertiary Care Hospital, Jeddah, Saudi Arabia, 2014” Emerg Infect Dis. 2016 May 。救急治療室の混雑が長らく問題となっており、76の病床に対して稼働率500%以上となることもあるようです” Middle East respiratory syndrome coronavirus infection control: The missing piece?” American Journal of Infection Control 42 (2014) 。また、いずれの報告でも医療従事者の感染が20~30%となっており、PPE(Personal Protective Equipment個人防護具)の不足も伺えます。

課題(2)人材不足

医師数自体は人口1,000人あたりでサウジ2.8、日本2.5となっていますが経済産業省カントリーレポート 、感染症に詳しい医師が少ないと考えられます。2018年にサウジアラビア保健省MOHに新規登録された医師1,397人のうち、感染症を専門としているのは21人(1.5%)のみでした サウジアラビア保健省 ” STATISTICAL YEARBOOK(2018)”。同国で感染症専門医の養成プログラムが始まったのは2013年からと歴史は浅く、初年度の卒業生は51人だったことから、7年たった今でも300人程度に止まるのではないでしょうか。

課題(3)慢性疾患・基礎疾患

新型コロナウイルスも、慢性疾患・基礎疾患は重症化リスクを高めると言われています。中国では平均の死亡率が2.3%だったのに対して、心血管疾患患者5%、糖尿病患者7.3%と2~3倍となっていました“Commentary: What is the relationship between Covid-19 and cardiovascular disease?” 。またニューヨークでも、約2割の重症患者のうち、82%は少なくとも一つの慢性疾患をもち(6割以上が高血圧、3分の1以上が糖尿病)46%が肥満だったことがわかっています“Epidemiology, clinical course, and outcomes of critically ill adults with COVID-19 in New York City: a prospective cohort study” 。
サウジアラビアでは成人人口の約18%が糖尿病を患っており、人口の3分の1以上が肥満とされています ARAB NEWS 2019年4月12日。死亡原因を見ると、心血管疾患による死亡が第1位、3分の1以上ですサウジアラビア女性健康増進事業整備促進コンソーシアム平成29年度報告書 。既述の通り、MERSは透析室での院内感染も引き起こしています(糖尿病患者、免疫低下者が多いためと考えられます 朝日新聞2020.5.20「コロナ重症化のリスク高い透析患者 院内感染への不安も」)。長期的な医療費抑制の観点からも、生活習慣の改善などによって慢性疾患・基礎疾患の改善、予防に努める必要がありそうです。

サウジ医療改革のこれから

サウジアラビアは世界有数の産油国として、その莫大なオイルマネーを用いて発展を続けてきました。2016年には「ビジョン2030」が策定され、サウジアラビアの都市力向上などを目指すとしています。同ビジョンでは、医療体制の充実や週1回以上運動している人の割合を13%から40%にまで引き上げるなど、ヘルスケア分野においても目標が設定されました ARAB NEWS Japan 。
昨今のコロナ禍により、緊縮財政措置が取られるなど先行き不透明感が強まっています。しかし弊社はこれまでに、サウジアラビア・スポーツ庁と覚書を締結するなど(過去ブログ参照)関係性を築いてきました。今後も健診や生活習慣病対策、保健指導など日本の知見を用いて、中東の健康増進に貢献したいと考えています。

執筆者:宮田 佳歩│Kaho MIYATA
株式会社メディヴァ コンサルタント。
富山県出身。東京大学教養学部比較文学比較芸術コースを卒業後、新聞記者として幅広いテーマを取材する。 医療・介護分野をさらに掘り下げるとともに、日本の強みとして海外にも発信していきたいと考え、2018年10月からメディヴァに参画。心身両面での健康・幸福を国内外で普及させることを目指す。