2019/12/12/木

医療・ヘルスケア事業の現場から

マレーシアのQOV改善に向けて(2)現地ヒアリング調査を受けて│GLOBAL

メディヴァ海外事業部
コンサルタント 目黒ひかり

海外事業部では2019年春から半年かけて、東南アジア、特にマレーシアの眼科医療について調査を行いました。第1回はこちらをご覧ください。

 前回のブログでは、適切な時期に手術をおこなうことで失明の回避が可能な白内障で、今なお多くの患者が失明に至っている背景として、次の3点を挙げました。

●眼科受診の必要性を患者自身が認識していない
●プライマリケア施設等で眼疾患患者の吸い上げができていない

●眼科(専門医)までのアクセスが悪い

今回のブログでは、複数の医療機関へのヒアリングを通してみえてきた、上記3点の課題を含むマレーシアにおける眼科医療の実態についてお伝えしたいと思います。

マレーシアのプライマリケア施設における初期診断対応
前回のブログでもお伝えしたとおり、マレーシアでは、一般的に、風邪や慢性疾患等の総合医療を担うプライマリケア施設においてGP(総合診療医)が初期診断を担います。眼科の場合も風邪等の症状と同様、プライマリケア施設を受診し、緊急性があると判断された場合や、症状が一向に改善しない場合、あるいは専門的な検査が必要と判断された場合に、眼科医を紹介されます。
しかし、疾患を問わず初期診療の役割を担うとはいえ、多くのプライマリケア施設には、目の状態を診るための検査機器は備わっていません。また、GPも眼科の専門知識が十分ではないばかりか、地方の公共医療機関においては医師が不在の施設もあり公立医療機関のクリニックは、おもに母子保健サービスと怪我や風邪等のケアを担うコミュニティクリニックと、一般的な外来対応のほか地域の救急医療も担うヘルスクリニックで構成される。コミュニティクリニックは、医師が不在のケースもあり、その場合には一定の経験を積んだ看護師や医療助手(Medical Assistant)が代わりに診療にあたる。、経過観察と判断した時点でより深刻な眼病の兆候を見逃している危険性もあります。そのため、眼科疾患の疑いがみられる場合には、GPから眼科医に患者を紹介するのが一般的です。

専門医療までのアクセス
マレーシアは日本と比較すると眼科数が非常に少ないという実態がありますが、多くの国民が受診する公立医療機関に限定するとさらに少なくなります2014年時点で、公立病院数144(クリニック3220)、私立病院187(クリニック7335)。私立医療機関の方が病院数は多い一方、患者比率は、公立医療機関が65%、私立医療機関が35%。。さらに、眼科数の地域偏在も顕著であり、都市部と地方の町ではおよそ5倍もの差が生じています。

・地方の眼科医療状況
今回の調査では、地方の医療体制を把握するため、Pahang州Raub町クアラルンプールから北東に車で1時間半程度のところに位置する。周囲をドリアン農園に囲まれ、近くの森には先住民族が今も暮らす。町の中心部は中華系民族、郊外にはマレー人が多く住む。を訪れました。この町は、人口が約10万人と決して小さくはない一方、町内に眼科医療を提供する施設は1か所もありません。
町内にある唯一の公立病院は、入院機能を持ち町内の救急医療も担っているものの、専門医は在籍しておらず、週に一度、別の町にある病院から派遣される医師によって、糖尿病や循環器といった一部の専門外来が開設されています。しかしながら、この専門外来にも眼科は含まれていません。   
町の住民からは、「眼科を受診する際は隣町かクアラルンプールまで移動する。だが、距離もあり、混雑も激しいため、受診することは滅多にない」といった話が聞かれました。
近隣に眼科がない、待ち時間が非常に長いといった実態が、眼科を受診するために要するための身体的・心理的負担の大きさへと起因し、眼科受診をより遠ざける大きな要因となっていると考えられます。

専門医療を受けることに対する患者の認識
プライマリケア施設での患者の吸い上げを行っても、プライマリケアから専門医療へと診療がスムーズに展開されない実態の背景に、患者が受診の必要性を十分に認識していない点もあげられます。
実際、今回ヒアリングをおこなったGPからは、次のような声が度々聞かれました。
●眼科を紹介しても患者がなかなか眼科に行かない
●眼科受診の必要性を説明してもなお放置する患者が多くいる
このコメントは、糖尿病患者の治療をおこなうGPから聞かれた言葉です。

・糖尿病と眼科医療
マレーシアでは近年、生活習慣病の患者数が増加傾向にあり、なかでも糖尿病の罹患率が高く、2025年には18歳以上の3人に1人が罹患することが予測されています。
糖尿病の三大合併症のひとつである糖尿病網膜症は、自覚症状が乏しい一方で、症状が進行すると最悪の場合失明にいたる恐れがあることから、定期的な眼科検診が必須です。しかしながら、自覚症状がなく眼科受診の必要性を感じない、近くに眼科がない、非常に混雑していて行きたがらないといった実態を背景に、GPからの眼科医紹介を無視してしまう患者も多いといいます。
糖尿病網膜症に限らず、白内障等の治療を行うことで失明の回避が可能な疾患においても、同様の患者行動がみられているものと考えられます。
日本においても糖尿病患者の眼科定期受診には課題も多く、2014年時点での中途失明原因の第2位に糖尿病網膜症があります。(失明原因の詳細は前回のブログ参照)糖尿病を診療する医師と眼科医との連携が重視されます。

調査を振り返って
今回の調査を通し、プライマリケア施設には容易にアクセスができても、(1)近くに眼科がない、(2)眼科に行く習慣がない、(3)眼科の混雑状況がひどく安易に受診できない、といった障壁によって、眼科医療へのアクセスがより一層限定的となっている実態が分かりました。こうした現状が、治療の遅れを発生させ、回避可能な失明の危険性をより高めている大きな要因となっていることが伺えます。

QOV(Quality of Vision)向上を目指して

どんな対策が必要でしょうか。上記の課題に対して言えば、(1)眼科数を増やす、(2)眼科受診や健診を習慣付ける、といった手段が想定されます。
これらももちろん必要な対策といえますが、これまでみてきたプライマリケア施設を活用し、GPが目の健康に対する患者指導をより徹底する、あるいは、検査機器を導入し眼科の初期診断を可能とするプライマリケア施設を増やすことも有用であると考えられます。検査機器の導入には初期投資が必要となりますが、近年では、国内外でスマートフォンを活用し眼検査を行うアプリの開発等が進められおり、こうしたデバイスの導入は比較的安価に抑えることが可能です。
医療資源は有限です。不足している医療資源を補完することに加え、今ある医療資源を有効に活用しながら、安定的で持続性のある眼科医療の構築に向けた対策を講じることが、QOVの向上への近道になるのではないかと考えています。

執筆者:目黒ひかり│Hikari MEGURO
株式会社メディヴァ コンサルタント。宮城県出身。中央大学総合政策学部卒業後、日本赤十字社に入職し、献血ルームの運営・企画広報や高度急性期病院での医療連携促進・災害救護に従事。国内外問わずヘルスケアの発展に貢献したく、2019年6月よりメディヴァに参画。持続可能性の高い医療・介護の新たな仕組みづくりを目指す。