2019/01/18/金

医療・ヘルスケア事業の現場から

診療所M&Aを円滑に進めるポイント

株式会社メディヴァ
コンサルタント 山田智輝

当社は医療機関の経営コンサルティングサービスのほか、病院、診療所のM&A支援(FAを含む※FA:ファイナンシャルアドバイザー)も行っており、近年ではその相談件数も増加傾向にあります。診療所を譲渡したい、譲渡先を探してほしい、譲渡先の候補はいるが進め方が分からない等幅広いご相談を頂いておりますが、今回のブログでは、診療所M&Aを円滑に進めるポイントについて、譲渡側の立場から以下の項目に触れながらお伝えします。

1.診療所M&A増加の背景事情

厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師調査によると、平成28年12月31日における診療所に勤務する医師(診療所の管理医師、勤務医含む)の平均年齢は59.6歳であり、年々高くなっています。また、60歳以上の医師の数は5万人弱となり、多くの医師たちが、近い将来引退を考え、開業した診療所を閉鎖するのか、譲渡先を探すのかという意思決定課題に直面することとなります。
診療所の院長先生が引退を考えるとき、その後の選択肢として思い浮かぶのは、主に次の3つではないでしょうか。

・ ご子息等の親族間の承継
・ 診療所を廃止
・ 第三者への承継(M&A)

医療法人、個人事業のいずれにおいても、被承継人は医師(または歯科医師)であることが原則です。そのため、引退を考えようとしている医師のご子息が医師(歯科医師)である場合には診療所を承継してもらいたいと考えることが多いかと思われます。

しかし実際には非医師(非歯科医師)である場合や、子供を持たれていないケースも多くあります。またご子息が医師(歯科医師)であっても経営者になることを望まない場合や、医学部進学時に一度県外へ出たことで、臨床医としてのキャリアを考えたときに、家業を継ぐことを選択肢にもたれないケースも見られます。

その結果、診療所を残したいという思いはあっても、やむを得ず廃止を選択するケースが多くあると考えられます。実際、厚生労働省の医療施設調査によると、平成27年10月から平成28年9月までの1年間で、6,361施設もの診療所が廃止となっています。

そこで新たな選択肢として挙がるのが、第三者に譲渡するM&Aです。第三者への譲渡を行う場合、個人的な繋がりから承継希望者(以下、「買主」)を見つける方法の他、金融機関やM&Aの専門会社等が買手候補者を推薦してくるケースもあります。ただし、実際には買主候補が見つかっても、条件が折り合わずご破算となるケースも多くあります。

2.診療所を譲渡する主な理由3点

弊社でM&Aのご相談を受ける際、譲渡希望の方(以下「売主」)から「譲渡したい理由」を伺うと、およそ以下の3つに分類できます。

(1) 後継者不在

譲渡理由の中で最も多いのは後継者の不在です。診療所を地域に残したいと考えているものの、診療所を引き継ぐご子息や、承継の候補となり得る知人の医師がいない場合です。中には早期リタイアをしたい開業医の後継者不在といった例もあります。前述の通り、医療業界における事業承継が他の業界よりも難しい事の一つの背景には、診療所の理事長(医療法人の場合)及び院長に就任する事ができるのは原則、医師・歯科医師に限られているという側面があります。

(2) 事業整理

事業の整理については、ポジティブなものネガティブなもの両方の理由が有ります。複数の事業(診療所など)を展開しているが、その管理が難しくなってきた、もしくは特定の診療所に集中したい、という事業の選択と集中を理由に事業の一部を譲渡するというものです。

(3) 経営悪化

経営が悪化し自力での再生が困難となり、資本力のある承継希望者(以下「買主」)に引き継いでもらいたい、というものです。ただし、病床を保有している等の買主にとっての魅力的な特徴がないと、買主を見つけるのはなかなか難しい可能性があります。

3.診療所M&Aを成功させるためのポイント3点

M&Aはご縁の世界です。タイミング良くすぐに決まることもありますが、なかなか買主を見つけることができず、苦戦するケースもあります。そこでここからは、売主目線で、診療所M&Aの成功率を上げるためのポイント3点をご紹介します。

ポイント1「譲渡条件の優先順位を明確にする」

売主の先生方にとって、今まで診療をされてきた診療所への想いはいろいろとあるかと思います。そのため、譲渡する際にあれも、これもと様々な条件を求めてしまう気持ちはとても理解できるものです。しかし、M&Aは買主があって初めて成り立つものです。また、少しでもいい条件で売りたい売主と、少しでもいい条件で買いたい買主、それぞれの「いい条件」が相反する事はごく自然であり、一方の意向がそのまますべて叶うということはほとんどありません。
だからこそ売主は、自分の中で譲渡する上で妥協できない条件と、その優先順位を明確にすることがとても大切です。売主からよく挙がる条件と、それぞれの判断のポイントは次のとおりです。

譲渡金額:
譲渡にあたっては、お金が全てではないと思いますが、それでもお金は最重要項目のひとつです。希望譲渡価格は妥協できないのか、もしくは、その他の条件次第では多少の値引きも可能なのか。その場合に譲歩できる下限の金額はいくらなのか。所謂「落としどころ」を事前に考えていただくと、よろしいかと思います。

従業員(スタッフ)の承継:
今まで一緒に働いてきた従業員(スタッフ)の雇用を守ることを重視される方もいます。一定期間、雇用継続を譲渡契約書に盛りこむことが可能ですが、承継後の経営に口出しすることは原則できません。そのためスタッフのことを大事に思うのであれば、譲渡のタイミングで退職金の支払い等をして、けじめをつけることも一つの選択肢です。

スケジュール:
M&Aはご縁の世界でもある以上、いつまでに譲渡できるかを見通すことは大変難しいです。譲渡の期限が明確にある場合は、その他の条件面を譲歩してでも売り切ることが必要です。但し、事前に明確に期限を買主にお伝えしてしまうと、足元を見られてしまう可能性がありますので、注意が必要です。

ポイント2「買主とスピード感を合わせる」

M&Aの商談のなかでは買主が売主に対し事業の調査(デューデリジェンス)を行うことが一般的です。その過程で、財務状況や組織体制が分かる資料、役所に提出している届出書類等、様々な資料の開示を求められます。また、事業に関する質問事項を投げかけられることも多くなります。一方、売主の先生方は通常、商談中も日々の診療を続けられているため、買主からの依頼事項についてタイムリーに対応出来ないケースもあります。致し方ない部分もあるのですが、依頼した資料が出てこない、質問に対しての回答が遅いことが続いた場合、少しずつ買主とのスピード感にずれが生じ、それが引き金となり商談がうまく進まなくなってしまうことがあります。

上記の対策として、

・日々のデータ管理をしっかり行い、すぐに出せるように日頃から準備をしておく。
・顧問会計士、税理士等と協力体制をとっておく。
・全ての依頼に応えられない場合も、何かしらの回答をできる限り迅速に行う。

ことが重要かと考えます。

ポイント3「最後まで事業(診療)をおろそかにしない」

繰り返しになりますが、M&Aはご縁の世界です。その為、最初の時点では、最終的にいつになったら譲渡できるかという点は誰も分かりません。譲渡すると決めてから、M&Aが成立するまで、年単位の時間がかかることも決して少なくありません。しかしながら、売主の先生方にとって譲渡を一度決意すると、仮に無意識だとしても事業への熱量が下がってしまいがちです。買主は、過去の業績を元に、意思決定を行います。承継に向かう中で、業績が徐々に右肩下がりの傾向となると、売主への心証が悪くなります。

そのため譲渡すると決めてからは、より意識的に業績を維持、もしくは更なる向上を目指していただけると、結果的に早く買主が見つかる、いい条件で譲渡できる等、望む結果に結びつく可能性があがると考えます。

以上、今回は診療所の売主の目線に立ち、成功率を上げるポイントをご説明致しました。 まだ引退は先、と考えている方も、いずれはその時が来ます。余裕があるうちから、将来について一度考えてみるのはいかがでしょうか。

執筆者:山田 智輝 Tomoki YAMADA
株式会社メディヴァ コンサルタント。外資系医療機器メーカーにて9年間営業に従事。手術室に入ることも多く、医療現場の最前線を経験。より医療の質を高め、日本の医療に貢献したいと思い、2015年にメディヴァに参画。愛知県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。