医師兼コンサルタント 安間章裕
今回は、私が関わっている病院の在宅医療についてご紹介します。
私は現在、コンサルタントとして働きつつ、100床規模の病院に医師として勤務しております。ここは全国の地方同様、少子高齢化、人口減少が進行する関東地方のある地域で、独り住まい高齢者の方や、認知症など健康問題を持つ方が増えています。
近年、少子高齢化や医療・社会保障費の増大を背景として(詳細は後述します)、在宅医療が注目されています。当院でも社会的なニーズが大きいと考え、病院を挙げて在宅医療に取り組み始めました。
病院をあげて在宅医療に取り組んだ背景
1.社会的背景
日本では他に類を見ない勢いで少子高齢化が進んでおります。高齢になると、認知症や生活習慣病など、何らかの健康問題を持つことが多くなります。また、疾病やフレイルによってADLも低下していきます。その結果、医療需要・介護需要が増加し、通院することや自宅で過ごすことが困難となり、病院や施設で余生を送るケースが多くなります。
しかし多くの方々は、病院や施設で過ごすより、住み慣れた自宅で長く過ごすということを望んでおり、在宅医療へのニーズが増加しています。
また医療需要の増加に伴い、医療費は増大しつづけ、2025年には57.8兆円となる見込みです。そして、そのうちの4割程度が入院にかかる費用です。政策的には、この入院医療の一部を在宅医療で代替することで、医療費を抑制しようという狙いがあります。
具体的には、療養病床の入院患者数のうち、医療区分1の患者数の70%を在宅医療等で対応することが想定されています。当社の試算では、在宅医療にかかるコストは入院の3分の1程度。今後、在宅医療で中心的役割を担うことを期待されているのは、中小病院であると我々は考えています。
これは、今年4月に行われた診療報酬改定で、地域包括ケア病棟入院料1(2738点)の施設基準を算定できる要件として、200床未満の病院であること、訪問診療や訪問看護といった在宅医療を提供していることが盛り込まれていることからも読みとることができます。
その背景には、全国的な在宅療養支援診療所の減少があります。2006年に在宅療養支援診療所が創設され、在宅医療の担い手としてその後増加傾向にありました。
しかし、その届け出数は2014年をピークとして減少に転じています。これは、在宅医療で求められる24時間対応が、個人では困難であることが一つの要因と考えられます。これらの政策的背景や地域のニーズを受けて、当院でも在宅医療を立ち上げることとなりました。
2.中小病院における在宅医療立ち上げの課題
在宅医療を立ち上げるまでの課題を、私の経験から下記(1)~(4)にわけて述べさせていただきます。
( 1 )在宅医療の意義の理解と院内のコンセンサス
( 2 )訪問診療ニーズの把握
( 3 )業務プロセスの見える化
( 4 )外部ステークホルダーとの連携体制の構築
(1) 在宅医療の意義の理解と院内のコンセンサス
最も重要なことは、在宅医療の意義を院内全体が理解し、病院全体で在宅医療に取り組むというコンセンサスを得ることです。
新たな事業が始まりますので、各部署の業務量は当然増加することになります。在宅医療に関わるのは医師だけでなく、看護師、医事課、検査部、薬剤部、リハビリスタッフなど多職種が関わり、患者さんの病状が変化して入院するとなれば病棟全てのスタッフが関わります。多職種が関わることで、医師の視点、看護の視点、リハビリの視点など、異なる視点から患者さんを多面的に診ることが可能となり、ケアの質の向上につながります。
当院でも、当初は看護部の人員不足のため、看護師は必要時以外同行しなくてもよいのではないか、という意見が出ていました。しかし、その後、訪問診療に医師だけでなく多職種が関わることの意義をご理解頂き、多忙な業務の中、人員を割いてご同行頂けることとなりました。
院内のコンセンサスを得る上で大事なことは、在宅医療の意義を繰り返し語ること、常に情報を共有することであると感じています。
(2) 訪問診療ニーズの把握
まず、最初の目標は、訪問診療を開始することでした。
そのためには在宅医療ニーズのある患者さんを見つけなければなりません。
最初の対象患者さんは比較的早期に、偶然見つかりました。私の担当していた入院患者さんがグループホームに入所中の方だったのですが、施設長さんと会話をする中で、人手が足りない中では外来にお連れするのが大変で、待ち時間も長いからほとんど1日仕事になってしまう、というお話を聞くことができました。そこで、訪問診療のお話をしたところ、ぜひお願いしたいということで、ご依頼を頂けました。
訪問診療のニーズは、以下のように整理して考えるとよいと思います。
『外来』
・外来通院している患者さんの中で、通院が困難になりつつある方。
・ニーズを拾うポイント:外来看護師や外来医師との協力が必要。
『病棟』
・もともと通院できる限界のADLであったが、入院を契機にさらにADLが低下し、通院が困難になった方。
・ニーズを拾うポイント:病棟看護師やMSWとの協力が必要。
『施設』
・グループホームやサービス付き高齢者住宅などの居住者で通院が困難な方。
・ニーズを拾うポイント:直接コンタクトを取り、職員から情報を得る。
『その他』
・自院がまだ関わっていない、地域の方々や、他の急性期病院で在宅医療が必要になった方。
・ニーズを拾うポイント:行政やケアマネージャー、周辺医療機関との地域連携が重要。
(3) 業務プロセスの見える化
在宅医療の開始に当たっては、誰が、どのような業務を分担するかを決めるため、必要な業務プロセスを網羅的に列挙し、それを業務フローとして見える化する事としました。
また、運用方法は、その病院の規模、システム、リソースにより大きく異なると思います。
当院はもともと紙カルテ運用であり、診療録、処方箋などが手書きのため、作業が煩雑になる傾向にあります。事務とも協力し、如何に書類作成作業を効率化するかが今後の課題です。
(4) 外部ステークホルダーとの連携体制の構築
地域の在宅医療には下記に挙げるようなステークホルダーが存在します。
(1) 在宅療養支援診療所
(2) 訪問看護ステーション
(3) 行政
(4) ケアマネージャー
まず、すでに訪問診療をされている在支診の先生方です。地域の訪問診療に関するニーズや、経済・社会的状況などをよくご存知であるため、教えて頂くことは多いと思います。また、診療エリアや役割に応じて患者さんを紹介し合ったり、病院として緊急時におけるバックベッドの提供といった連携も重要となります。
訪問看護ステーションとの協力も不可欠です。医師が行う訪問診療は月1-2回程度であり、日常的に患者さんとの関わりが強いのは実際には訪問看護師であることも多く見られます。そのため、情報共有の方法など、いかにステーションと連携するかも課題となります。
地域の窓口となるのは、市町村などの行政や地元のケアマネージャーさん達であり、こちらとも密にコミュニケーションを取れるとよいと思います。そうすることで、病院では得られない、地域の潜在的なニーズに関する情報を得ることができます。
その他、近隣の急性期病院とも連携し、退院後に訪問診療を導入するニーズにも応えていく必要があります。
しかし、当院でもまだまだ発展段階であり、今後も新たな課題が明らかになると思います。
3.最後に
冒頭で述べさせて頂いたように、在宅医療のニーズは今後も増加することが予想されます。政策も、在宅医療を誘導するように動いていくものと思われます。
しかし、常に忘れてはならないのは、医療はあくまで個々の患者さんのためにある、ということです。
私が在宅医療を立ち上げる中で感じたことは、患者さんが在宅医療に求めるニーズはそれぞれであるということです。例えば、重症で医療需要が大きい方もいれば、元気だけども事情があって通院が難しいという方もいます。病院が嫌いで何としても自宅で最期まで過ごしたい方もいれば、自分の身体が心配で何かあればすぐに入院したいという方もいらっしゃいます。
一方で中小病院をはじめとした医療機関のリソースは限られており、全ての患者さんのニーズに答えることはほとんど不可能です。診療報酬で優遇されているという理由だけで在宅医療を開始し、全ての患者さんに一律な在宅医療を押し付ける、ということは避けなければならないと思います。
私たちは、診療報酬だけを見るのではなく、自院で提供できることとできないことを見極め、それぞれの患者さんにとって何が幸せなのか、そのために自院ではどのような在宅医療を提供できるのか、という視点を持ち続けることが大事だと感じました。
※弊社では病院及びクリニックに向けて在宅医療の支援サービスを行っています。ご興味のある方はこちらをご覧ください。