目標救急搬送受入件数の決め方

医師 兼 コンサルタント 羽川直宏

  1. はじめに
    救急医療を担う病院の多くは、年間の目標救急搬送受入件数を設定していると思います。また、毎月の目標達成状況を、救急部門の片隅に掲示し、搬送受入の強化を図っている施設もあるでしょう。
    この目標救急搬送受入件数…
    皆様のご施設では、どのような方法で数値を決めていますか?
    目標の設定が、現場のパフォーマンス向上につながっていますか?
    「今年は去年よりも、もう少し頑張れそうだ」や「入院患者が減ってきているので、今年はもっと受けよう」「まだまだ地域には需要はあるはずだ」といった半ば主観的な前提をもとに、「前年度までの推移」から「キリの良い数字」で設定している場合もあるかもしれません。
    筆者はこれまで救急医として複数の病院で勤務してまいりました。そして現在、主に弊社の病院救急部門の総合コンサルティング事業を担当し、救急医兼コンサルタントとして救急医療の現場に携わっておりますが、救急部門の目標管理に難渋されている医療機関も多いと感じています。蓋を開けてみると外部環境と乖離した目標になっていたり、現場スタッフの共感を得られるような目標ではなかったために、現場のパフォーマンスにむしろ悪い影響を与えてしまったり、といったご経験をお持ちではないでしょうか。
    今回の記事では、こういったことを防ぎ、かつスタッフのコミットを得られやすい目標にするにはどのようにすればよいかについて、一つの考え方を提示したいと思います。
    3つの視点(外部環境・経営方針・現場)でそれぞれ分析を行う

    それぞれから導かれた目標案をすり合わせ、現場スタッフに理解してもらう
  2. 3つの視点(外部環境・経営方針・現場)での分析
    まずは3つの視点、すなわち外部環境、経営方針、そして現場、のそれぞれの視点から、合理的、ロジカルな方法で、目標設定の参考値を算出します。今回は、外部環境と病院経営の2つの視点から参考値を算出する方法をお示しします。
    1) 外部環境:地域の需要を客観的に把握する
    地域の需要をできるだけ正確に把握し、将来推計を行うことは、とても重要です。自院データだけでは、実際にどのようなニーズや課題が当該地域に存在するのか、正確に把握することはできません。実はそもそも需要がないのにも関わらず、得意な科目で搬送数を増やそうとしてしまったり、逆に得意でない科目にオーバーロードをかけてしまったり、そういった事態を防ぐためにも需要の正確な把握が必要です。また、目標値に地域の需要の裏付けがあれば、スタッフのモチベーションにもつながりやすくなります。
    最も客観的な需要情報としてお勧めできるのは、当該医療圏内の各消防機関の救急搬送データです。その医療圏内でどういった傷病者が、どこにどのくらいの数存在し、どのような地域に搬送されているか、需要の質・量ともに詳細に分かります。地域的、時間帯的に取りこぼしている事案から「受入れ代(シロ)」を把握することもできます。
    そのようにして地域における需要の質と量と、自院の状況(強み・弱みの科目等)とを照らし合わせ、強みの部分で強化が期待できる数、そして弱みだけれど強化を図っていく数をそれぞれ算出することで、目標の参考値を設定することができます。
    (例、土曜日の急性腹症と思われる事案が100件/年ほど遠方に流出しているため、土曜の消化器系の受入体制を強化して、目標を100件/年上積みしよう。)
    各消防機関の救急搬送データは各種手続きを踏むことで照会可能です。消防機関とともに、地域の救急医療にいかに貢献するか、その戦略を練る中で、根拠のある目標設定ができればとても理想的ではないでしょうか。
    2)経営方針:搬送件数から期待できる入院患者数を参考にする
    救急搬送は、入院の入り口の一つであり、病院経営においてもとても重要な要素です。経営目標を達成するための救急搬送件数と入院率ともに目標値を設けている施設もあると思います。
    救急搬送件数とそこからの入院患者数には一定の相関関係がありますが、例えば軽症ばかりが増えてしまうと、思ったより入院患者数が伸びないといったことが起こります。かといって、無理な入院率アップを目指すと、過剰医療につながります。搬送件数の規模によって、病院の規模によって、地域によって、そして扱う科目等によって、この相関関係の性質は異なってきます。病床機能報告やDPCのデータをもとに、地域あるいは全国の平均的な相関関係を割り出すことができます。
    経営目標から、重症度ごとに病床稼働率を設定し、救急経由の入院患者目標数を算出し、上記の相関関係をもとに、現実的な目標入院率と救急搬送件数を逆算してみてはいかがでしょうか。
  3. 目標案をすり合わせ、現場スタッフに理解してもらう
    上記のように様々な視点から目標の参考となる値を複数算出し、それをもとに病院の掲げるミッションや戦略目標、そして現場とのすり合わせで決定するのが理想的であると考えています。そしていずれにおいても、効果的な目標のフレームワークである「SMART」を意識しながら、目標を設定する必要があります。
    o 具体的で(Specific)
    o 測定可能(Measurable)
    o 割当てられる(Assignable)
    o 現実的で(Realistic)
    o 期限のある(Time-related) 目標が効果的である。
    George T. Doran. There’s a S.M.A.R.T. way to write management’s goals and objectives.
    Management Review. 1981;70 (11):35-36.
    特に、現場スタッフとのすり合わせにおいては、後述するように自分ごととして捉えてもらうためにも「R」、現実的で(Realistic)、かつ関連性のある(Relevant)の目標設定を目指すことが重要です。
    現場で働いているスタッフは、受入件数を増やしたところで、自分たちには直接的なメリットはありません。むしろ、搬送件数が増えることで業務量やストレスは増えます。それでも現場のスタッフは、救急隊や患者さんのニーズに応えるべく、搬送依頼があればできるだけ応需してあげたいと考えています。例え忙しくなったとしても、ただただ目の前の患者さんに対して、少しでも適切な救急医療を届けたいというモチベーションで、日々働いているスタッフも多いでしょう。一方で、一般的な組織同様、そこまでモチベーションの高くないスタッフも当然一緒に働いています。それでも、そんなスタッフも何かのために、キツイ、キタナイ、キケンな現場で、黙々とベストを尽くしているのが救急外来です。そのような救急外来において、「前月比▲10%!目標達成を目指し、もう少し頑張りましょう!」というメッセージは、逆にモチベーションを下げる原因になりかねません。
    そういった事態を避けるには、次の2つが必要です。
    1) 現場の実態を把握し目標とすり合わせる
    現場スタッフの意見や、実際の診療オペレーションの分析(例、平均的なリードタイムと同時対応できる患者数をもとに算出する等)を通して、必要に応じて現実的な目標値に修正します。また、専門医取得や各スタッフのキャリアアップ等に必要な症例内容や数を、目標値に反映させる姿勢も重要です。
    2) 目標値の設定背景をしっかり説明する
    ここまでのプロセスを踏み、合理的、ロジカルに目標値を設定することで、自ずと、目標を達成することが地域や患者さん、そしてスタッフにとって、具体的にどういった利益につながるかが明確になります。明確になった数字の背景を丁寧に説明し、浸透させることで、現場のパフォーマンス向上につながると考えられます。
  4. 最後に
    このように、多角的な視点から、合理的、ロジカルな方法で、目標値を決定し、現場スタッフとの関連性を明確にしつつ、その根拠をしっかり浸透させることができれば、地域、病院、そしてスタッフにとって、理想的な目標となるのではないでしょうか。
    なお、弊社では、病院救急部門の総合コンサルティング事業を始めました。弊社の強みである、コンサルティング・オペレーターの派遣(本社コンサルタントによるサポートに加えて、実際に救急医兼コンサルタントがクライアント病院で勤務し、運営をサポーする)も可能です。今回ご紹介したような目標救急搬送数の設定も含む救急医療提供戦略の策定から、実際のオペレーションのサポートにいたる幅広いサポートを目指しております。ご興味ありましたら、【CONTACT】より、ぜひお気軽にお問い合わせください。
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