人事ブログ

カンブリア宮殿 亀田メディカルセンター特集を観て

カンブリア宮殿 亀田メディカルセンター特集を観て

      代表取締役 大石佳能子

 6月14日のカンブリア宮殿に亀田総合病院の亀田信介院長が登場されました。信介先生はメディヴァの創業前からおつきあい頂き、双子の兄弟の亀田省吾先生とともに、今も非常勤で取締役を勤めて下さっています。

 信介先生とは1999年頃、マッキンゼーを辞めてヘルスケアの世界に飛び込もうかと思案していた頃、初めてお会いしました。理事長の俊忠先生を訪ねて鴨川にお邪魔したら、ご本人は不在で、しゃべるたびにハモる、全くそっくりの双子の兄弟、信介先生と省吾先生がいて心底驚きました。

 お会いした当時は、亀田クリニックが出来て暫く経った頃で、カンブリア宮殿に登場したKタワー(入院棟)は銀行融資交渉があまり捗々しくなく、計画は暗礁に乗り上げていました。それでも信介先生は明るく、「絶対に必要だから、絶対に建つんだ」という気合いと、(当時はやや根拠がなく思えた)自信と、限りないポジティブさで語っていらしたのを覚えています。

 当時、信介先生がおっしゃっていたのは「メディテイメント」です。「メディテイメント」とは、メディカル+エンターテイメントの造語で、メディカルでありながら、エンターテイメントであること、を目指していました。
 当時から、カンブリア宮殿でも言われていた「医療は究極のサービス業。医療だから要らないと言われるサービスで、本当は医療にこそあった方がいいもの」を次々に考えて、実行に移していました。「期待値を必ず上回るようにする」ことがいかに重要かを、説かれていたのを覚えています。

そこで私は自分たちがやりたいことを説明したのですが、驚いたことに先生方は趣旨に賛成してくださり、「ノウハウを提供しよう」とおっしゃって下さいました。その見返りとして私達が提供できるものがあるか、私達自身ですら分かっていなかったにも関わらず、いろいろなことを教えて頂けたことは、今思い返してみても本当に驚くべきことです。

 信介先生に背中を押されるように、医療界に飛び込んだ訳ですが、設立当初右も左も分からなかった私たちにも丁寧に時間を使って、亀田のありとあらゆるノウハウを使ってサポートして下さいました。例えば、、、

・用賀アーバンクリニックの図面は、信介先生が書きました。「裏導線が大事。受け付け回りは優しい感じに、、、」という指示に基づき、亀田クリニックやKタワーを設計した川名設計士さんが図面を起こしてくれました。用賀アーバンのアートは、鴨川でも大活躍のアーティスト、アナ・グリウスさんの手によるものです。
・用賀アーバンの野間口院長(当時)、遠矢副院長(同)のためには、亀田総合病院でわざわざ「短期家庭医研修」コースを作ってくださいました。数ヶ月間ですが、野間口先生、遠矢先生は毎週自宅から鴨川まで車を飛ばし、平日は研修に励みました。
・「診療報酬って何??」という、小松さん、私に呆れた信介先生は、鴨川で短期事務研修を組んでくれました。でも、短期ではモノにならなかったので、当初は鴨川の医療事務のエースを用賀まで派遣してくださいました。
・研修中、うちの愚息(当時2歳)は、亀田の保育園「亀の子保育園」で過ごしました。電子カルテも、当初は亀田のものを繋いで使うことを検討し、オープンカルテも信介先生とのディスカッションの中で生まれました。海外に医師集めに行く時にご一緒したこともあります。メディヴァやプラタナスのDNAは信介先生によって育まれたと言っても過言ではありません。

 カンブリア宮殿の前半は、「究極のサービス業を実現する脅威の医療機関」としての亀田総合病院と、それを実現する仕組みを紹介しています。
 全室個室かつオーシャンビュー、1万円強の病室。カルテの完全開示。ベッドサイドの端末で病院食が選べ、お買い物が注文でき、担当医のプロファイルも見られる。近日オープン予定の新しい病棟は4床室ですが、快適性が追求されています。

 アメニティや快適さだけではなく、病院のコアとなる価値である医療の質を担保する医師陣とそのチーム。医療チームが活躍出来るような施設、設備。医師が渇望する自己実現の場を提供する仕組み。その結果得られる治療成績。
 どれを見ても素晴らしく、メディヴァの設立当時、単なる「夢」であったものが、一つ一つ「現実」になっています。最近、仕事で鴨川に行くことが多いのですが、行くたびに新しいものが建ち、新しいサービスが考案されていることに驚きます。 

 これを可能としたのは、信介先生の「医療、病院はこうあるべきだ」という明確な「ビジョン」、それをやり抜く「しぶとさ」、周りの不安を消滅させる「明るさ」、それと細かいディテールまで入り込む「こだわり」、だと思います。(カンブリア宮殿では、紹介されませんでしたが、病院の部材や設備、家具などは一つ一つ信介先生が、アメリカに行って選んだり、設計させたりしています。これは驚くべきことで、番組でも取り上げて欲しかったです。)
 「ビジョン」、「しぶとさ」、「明るさ」、「こだわり」は経営者としては素晴らしい素質で、なかなか全部を備えている方には遭遇しません。これを書いていながら、私も反省しきりです。

 番組の後半は、東京の医療危機についての説明になります。高齢者は若年層と比べると、6.5倍の医療資源を使います(介護を加えると10倍)。東京は3000万人以上の人口を抱え、戦後就職口を求めて上京した人たちが、一斉に高齢化を迎える、という最大、最速の高齢化都市です。医療資源の供給量が増えない中、医療危機は地方ではなく、東京およびその周辺で起きます。
 このテーマは、最近の信介先生の最大関心事です。今実行中のプロジェクトで、最近1〜2ヶ月に一度は鴨川を訪問するのですが、その度に医療危機について語っておられます。 

 カンブリア宮殿では、司会者が「医療危機に対応するためには、どうすればいいのですか」と聞いていました。それに対し、信介先生は「前例はない。ありとあらゆる手段を講じ、ありとあらゆること考え、対応すべきだ」、というようなことを答え、「既得権益や規制を排除して考えないと、この未曾有の大危機には対処できない」、と言い切っておられました。
 国を動かすに人たち(それは誰?、という疑問はありますが)に、信介先生と同じような、「ビジョン」、「しぶとさ」、「明るさ」、「こだわり」があれば、この問題は解決出来るかもしれません。それは途轍もなく勇気の居ることだと思います。
 東京から2時間も掛かる鴨川に、この短期間で最高の医療都市を作ることが出来たのだから、「ビジョン」、「しぶとさ」、「明るさ」、「こだわり」を以て当たれば、必ず何か解決の糸口が見つかるのではないか、と思います。

 最後に、少し話はカンブリア宮殿からそれますが、信介先生にとってはメディヴァがやっている、医療における「コンサルティング」というのがどういう仕事なのか、というイメージが当初は湧いておられないように思いました。何事も先頭に立って亀田グループを引っ張ってこられた信介先生にとっては、コンサルタントが病院を変えていくということがなかなかピンと来なかったのではないでしょうか。お会いすると「コンサルタントというのは何をやるの?」「コンサルティングで会社が成り立っているの?」というようなことを聞かれ、そのたびに私が説明するという感じでしたが、最近はようやく分かってもらえたようで、「一緒に仕事をしようよ」というようなことも言っていただけるようになりました。
 一方的に教えていただく側だったメディヴァが、少しは信介先生たちのお役に立てるかもしれない、と思うとこれまでやってきて良かった、と思います。また、先生方が鴨川でやられている医療変革のDNAを、メディヴァが正しく受け継ぎ、それを日本の医療界に広げていくことが一番の恩返しだと思っています。

 毎度のことですが、信介先生に会うと元気が出ます。今回はテレビの画面を通して勇気と元気をもらいました。メディヴァ、プラタナスのために、患者さんのために、スタッフのために、医療の未来のために、私も頑張ろうと思います。
このカテゴリの他の記事
ページの先頭へ戻る