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募集職種・エントリー

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メディヴァの人事ブログ
私たちの日常、仕事、仲間、価値観などを
理解していただくために綴るブログです。

2017年12月14日(木)

自分で打席に立つこと。

私が新卒でマッキンゼーに入ったときに、ある全国紙の経済記者だった方が、エディターとして勤務されていました。エディターとは、コンサルタントの作る提案書の構成や文章を一緒に考えたり、校正をする役割です。

何人かのエディターの中で、その方は一番ベテランで、新卒の私がその方と仕事をしたことは少なく、近寄りがたい感じもありましたが、ほんの少しの接点からたまには話が出来る間柄になりました。

話が出来るといっても、ざっくばらんに話せるわけでもなく、割と厳しい雰囲気の方で、話の内容も硬くて、私は話すたびに緊張しました。

そうこうしているうちに私はマッキンゼーを卒業し、小さなベンチャー企業に入りました。その方とは、たまに話をする間柄から、年賀状を毎年やり取りする間柄になりましたが、私の緊張感は変わらず、OB会でお会いしても突っ込んだ会話が出来るわけでもありませんでした。

そのベンチャー企業の中で私がスタートに携わった工場が日経新聞から表彰されたときに、お祝いのハガキをいただいたので、私からもハガキでお礼を書きました。その中に、「マッキンゼーで頭で学んだことが、最近ようやく身体で理解できてきたように思います」と書きました。

そうしたら、お返事のお返事が今度は封書で届きました。便箋3枚くらいの長いお手紙でしたが、そのなかに強く心に残った一節があります。趣旨を書くと、

自分は何十年も記者として、ビジネスについて書いてきたが、自分の手でビジネスをやったことが無い。例えるなら、自分でバットを握って打席に立ち、ボールを打ったことがない。空振り三振もしたことがない。今となってはそのことが心残りだ。

といったことです。

私はこのような突っ込んだ心情を、それほど深い関係でもない私に吐露されたことを不思議に思いながらも、とても大事なことを伝えてもらったように思いました。私には新聞記者が打席に立っていないとは思えませんでしたし、おそらく私を励ますために敢えて書かれた部分もあったと推測します。ただ、何かしら普通なら伝えない心情を私に伝えて下さったことと、自分のやったことについて何かを思ってもらえたことは感じました。そのときの心強さを今もよく覚えています。

それ以来私は、小さくても自分で打席に立つことが大事だと思うようになりました。自分で打席に立っているか、立っていないかを明確に区別するのは難しいですが、当事者として自分の頭で考え、自分で行動し、結果も自分で受け止める、という意味だと思っています。

その方が私に伝えてくれたことは個人的な心情であり、こういう場に書いてはいけないとこれまで思ってきましたが、その方が亡くなられて何年も経ち、最近ではむしろ、伝えてもらったことを、私も誰かに伝えなければいけないような気持になっています。「心残りのないように、小さくてもいいから打席に立てよ」と。
(岩崎克治)