高齢者施設における看取りの現状と課題

2016.08.23 [在宅医療]

 

企業行政チーム医師兼コンサルタントの神野です。

 

 20世紀に発展してきた病院中心の「治す医療」から、地域全体で「治し支える医療」へのパラダイムシフトの過渡期に入り、現在各自治体において地域包括ケアシステムの構築が進められています。高齢者の生活を支える「場所」をみてみると、その選択肢は広がってきており、本人の医療・介護依存度や自宅介護力などから老人ホームや介護保険施設といった施設が選択されています。「生活」は一見私たちが空気を吸うように意識しない日常的行為ですが、実は複雑なスキルの複合体であり、認知症や障がいを持つ高齢者やその家族にとっても、誰かの支援なしでは継続は困難です。上記のような高齢者施設は在宅療養に係る多職種が生活を支えることで、必要な医療や介護が提供される場であり、そして孤独を感じがちな高齢者のコミュニティの場にもなっています。今回は、この高齢者施設における在宅医療、特に看取りについて考えてみたいと思います。

 

高齢者施設での看取りは急増している

人口動態調査結果の直近5年間(2010年~2014年)のデータを紐解いてみると、死亡場所においてある特徴が見られます。

画像A.png

 

出典:厚労省「介護サービス施設・事業所調査」「介護給付費実態調査」「社会福祉施設等調査」「サービス付き高齢者向け住宅提供システム」

 

 

 

なぜ施設看取りは増えているのか

施設での看取り数が増えている要因として、施設、医療との連携、家族の3つの軸から考えてみます。まず、施設軸ですが、近年老人ホームの定員数は右肩上がりで増加しています。

画像Ba.png

画像B.png

 

 

 

 

老人ホームが急増している背景として、介護保険制度の創設で民間事業者の参入が促進されたことや、その後の制度改正で定員要件の廃止や提供できるサービスが増加したことがあげられます。また家族構成の変化や自宅介護力不足といった社会的ニーズも増大しており、比較的安価なものから高級ホテルのような老人ホームまで、入居希望者が選択できる幅が広がっていることも一要因でしょう。

 

では、老人ホームの定員数増加と看取りの増加にはどのような相関関係があるのでしょうか。既に上記でお示ししたように、絶対数として施設看取り数は増えています。この背景には、入居する高齢者数自体の増加はもちろん、施設スタッフ間のケア文化として看取りに抵抗がなくなってきたことなど様々考えられるのですが、中でも在宅医の充実と協力体制が整ってきた、という点は重要な点です。次にこの点について考えたいと思います。

 

在宅療養支援診療所の届出数をみると近年増加傾向にあり、2014年時点で1.4万件、全診療所件数の約14%を占めています。

 

画像C.png

 

出典:中医協資料 在宅医療(その1)(平成27218日)

訪問診療患者数においては、大きな増加は施設在宅患者であることがわかります。

 

画像D.png

 

出典:社会医療診療行為別調査

施設入居患者への訪問診療のニーズは、高齢化が進む中で今後も増大することが容易に予測されます。またこのことは、本人・家族の「施設での最期」といったニーズも同時に増えていくと考えられます。長期療養生活の後に、入居者やその家族が「最期は長年暮らした施設で」と望んだ時に、かかりつけ在宅医が病院へ救急搬送せずにいつでもお看取りができる体制を確保してきたことは、はじめに示した施設看取り数の増加に表れています。ただし、施設での看取りは、前提として在宅医と入居者・家族との信頼関係がなくてはなりません。弊社支援先の医療機関の調査では、本人が終末期に入る前後から家族と面談を頻回に行っているほど、施設での看取りにつながることが示されています。これまでのような病院で亡くなることが当たり前だった時代から、生活の場で自然に亡くなることが一つの選択肢となるには、終末期の不可逆的な身体の変化や、侵襲的な治療はかえって本人に苦痛を与えること、さらに施設においても十分なケアが提供できることなど、在宅医と家族間でしっかりと共有しておかなければならないわけです。

 

では、家族側からみて、なぜ施設看取りを選択するようになっているのでしょうか。近年「自然な形で亡くなる」ことに対する市民の理解が深まりつつあるように思います。特に、認知症や老衰でゆっくりと弱っていく方の場合、その時間経過の中で家族が十分に状態を受け止めることができ、病院搬送はかえって本人に苦痛を与えてしまうだろう、ということに対する理解が広がってきています。しかし、施設看取りを可能にする要因は他にもあります。

 

2003年と2008年に行われた「終末期医療に関する調査」では下記のような結果がでています。まず、終末期に入ってから狭義の「自宅」での療養に関しては、市民の6割以上が「実現困難」と考えていることがわかります。これは両年の調査でもほぼ同じ結果となっています。

 

 画像E.png

出典:厚生労働省「終末期のあり方に関する調査」結果について(201012月)

 

療養困難な理由としては、急変時に本人や家族が不安を抱えてしまうことや、介護者への負担、そしてかかりつけ在宅医の不在が主なものとしてあげられています。

画像F.png

 

 

 

出典:同上

「終末期はできるだけ自然に、苦痛のないように」、と考えていても目の前の本人に起こる食欲低下や意識低下などに対して、自分や家族しかいない自宅だと対応することが難しい、不安であると感じる方が多いのは想像に難くありません。一方、看護師や介護士が常駐している高齢者施設においては、これらに対してほぼ対応可能です。また、長年本人をケアしてくれた施設スタッフとの信頼関係も構築されるため、家族は最期の段階に入ったときに、家族しかできないケアに集中することができます。実際の現場でも、終末期の話をすると「最期はホームがいいです」と本人、家族共に望まれるケースはよくあります。このように、施設で最期を迎えることは、本人だけではなく家族の身体的・精神的負担が緩和されることも、看取り場所として選択される要因になっているのではないでしょうか。

 

今後の課題と展望

日本はその歴史的背景から病院死が多く、施設での看取りは諸外国と比較するとまだ3分の1にも満たないという状況です。

 


画像G.png

画像H.png

 

 

出典:資料:Australian Institute of Health and Welfare (2016); Broad et al (2013); Office for National Statistics (2015); 厚労省 (2015) 人口動態調査

地域包括ケアシステムは、入院医療による医療費の抑制という、一見超高齢化社会の財政問題の解決策としての側面が強調されがちです。しかし、このシステムには保健・医療・福祉を統合し、個々人の「生活の場」において必要な支援を提供していく体制を構築する、というパラダイムシフトの意味合いも込められています。国民の半数以上は住み慣れた場所での最期を望んでいます。高齢者施設数や施設看取り数が急増しているとはいえ、上記数値に示されるようにまだまだ取り組みとしては不十分です。最後に、施設における看取りの課題に関して考えてみたいと思います。

 

一つ目の課題として、施設スタッフ(看護師、介護士)の医療行為に対する制約があげられます。終末期では、点滴や場合によっては医療用麻薬を使用した緩和ケアを提供することが必要な場面があります。現時点で、厚労省は施設コメディカルによる点滴や医療用麻薬の使用禁止を明言してはいません。しかし、施設側の規則により、医師の指示の元でも上記のような行為ができないことが少なくありません。また、同じ法人下でも、各施設において何ができるか、できないかにおいて大きなバラツキがみられます。そうすると、在宅医だけでは十分に支えることができず、結果として不安を抱える本人や家族の希望により病院搬送になってしまいます。終末期だけではなく、肺炎や一時的な脱水等の治療においても同じことが言えます。療養病床の減少や病床機能再編が進む中、看護師や介護士によるケアを24時間提供している施設は、安心を求める患者さんや家族のために、「生活の場」においても必要な医療を受けられるように整備をしていかなくてはなりません。

 

二つ目に、在宅医と施設側との情報共有が制限されていることがあげられます。多くの場合、医療機関と老人ホーム等の施設は別法人で運営されているため、介護記録や診療カルテなどの情報を、双方が必要なときに得ることは容易ではありません。病院であれば、多職種が共通の電子カルテへの記載や閲覧を通じて本人や家族の状態を把握することが可能であり、居宅においてもICT等が普及してきているため、密な情報共有と連携が進んできています。しかし、施設においては、まず介護系の情報が電子化されていなかったり、在宅医が使用しているクラウドの電子カルテを閲覧する、もしくは記録するといったことが相互の抵抗も強くなかなか進んでいません。高齢者は病気という医学的側面だけではなく、日々の生活における変化や、家族との関わりなど、あらゆる方面から多面的に把握することが必要です。特に、状態が変化しているときには、そばにいる看護師や介護士からの情報がなければ適切な判断ができないことがあります。したがって、本人の利益となる情報共有の方法に関しては、医療機関と施設側とにおいて、しっかりと議論をしていくことが必要でしょう。

 

三つ目の課題として、施設在宅医療の質が十分に見えておらず、評価されにくいという点です。2014年の診療報酬改訂で、特定施設への管理料は4分の1まで引き下げられました。2016年には、厚労省が「別に定める状態の患者」以外の患者に対する管理料が引き下げられています。そもそも、「居宅」と「施設」において報酬設定に大きな差があります。これは、特定施設での診療が同一建物内で効率よく行われていることが一要因です。しかし、居宅においても施設においても、本来は一人一人の患者に対して行われる診療においては大きな変わりはなく、場合によっては施設での医療が濃厚になることもあります。看護師を配置している施設を選択する入居者や家族は、いざという時には病院に行かずとも在宅医との連携において、そこで必要な医療が提供されることを期待しています。認知症者や虚弱高齢者にとって「生活の場」で治療が受けられ、入院によるリロケーションダメージが回避できることは本人にとって大きなメリットになり、同時に入院医療費の抑制にもつながります。これは施設と在宅医間で信頼関係と連携が取れているからこそ可能となるのですが、まだ施設在宅医療領域では十分なエビデンスが出ておらず、そのため評価もされていません。今後施設在宅医療が、入居患者に対してどのような価値を提供しているのかを具体的に明示していかなくてはならないでしょう。

 

本稿では、今後も社会的ニーズが増大する高齢者施設での在宅医療を、看取りという切り口から考えてみました。そこでは、一人ひとりに適切なケアを提供できるよう、施設側と医療機関側が相互に歩み寄りながら取り組まなければならないことをいくつか指摘しました。弊社パートナーである医療法人社団プラタナスも施設在宅医療を提供しており、引き続き上記課題に取り組んでいきたいと考えています。

 

タグ:在宅医療 施設在宅 看取り 地域包括ケアシステム