地域の在宅医療を支える有床診療所

2015.12.28

地域包括ケアシステムにおいて、後方支援病床の確保は、在宅医療の充実と並んで重要な課題となっています。後方支援病床がなくても、最期まで安心して自宅で過ごすことのできる地域もありますが、在宅療養支援診療所制度の誕生から10年を迎える現在でも、そのような地域はまだまだ少ないのが現状です。医療的に在宅療養が可能であったとしても、患者や家族が不安に感じ、在宅療養に踏み切れなかったり、介護負担などを理由に途中で断念してしまうケースも少なくありません。

 そんな中で近年、在宅療養を支える後方支援病床として「有床診療所」が注目されはじめ、診療所の有床化や有床診療所の開設そのもののご相談を受けることも増えてきました。背景には、平成24年の診療報酬改定で病床を有する在宅療養支援診療所に対して「病床あり」の高い点数が新設されたことや、医療計画の病床配分の制約を受けずに、特例で有床化が認められやすいことなどが挙げられますが、大きいのはやはり、医療的、社会的な理由により在宅療養が困難な患者に対して、療養場所の選択肢を少しでも広げてあげたいという、在宅医療に関わる医療者の切実な思いです。

今回は、弊社の支援先である松原アーバンクリニックの取り組みを通じて、地域の在宅医療を支える有床診療所、特にその病棟の役割と支援させていただく中で大切にしてきたことについてご紹介をさせていただきたいと思います。

1.松原アーバンクリニックについて

松原アーバンクリニックは、ご自宅で過ごしたい患者とその家族の負担や不安を和らげ、持続可能で本当に安心できる在宅療養を実現するために、18床の後方支援ベッドをもった有床診療所として200512月に開院しました。外来、在宅、病棟の3部門が連携して、切れ目のない継続的な医療に取り組んでいます。外来部門は成人から高齢者のプライマリケアと緩和ケアを特色としています。在宅部門は慢性期から終末期まで約350名の地域の患者さんに対して訪問診療を行っています。病棟部門は在宅からのメディカルショートステイや緩和ケアを希望される患者さんを受け入れています。外来通院が難しくなったら在宅へ、在宅療養が難しくなったら病棟へというように、場所に限らず患者さんの希望や状態に併せて必要な医療を受けられるのが特徴です。

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1.   病棟の特徴と人員

病棟は主に「在宅医療の後方支援」と「ホスピス緩和ケア」の2つの役割を担っています。「在宅医療の後方支援」とは本人や家族が安心して自宅での療養を継続するための支援です。例えば、一時的な病状悪化や発熱などで在宅療養が困難になった場合に、短期入院にて患者を受け入れます。こうした入院は同時に、介護者であるご家族のレスパイトケアとしての役割や、患者を24時間看護し、評価することで、自宅に戻ってからののよりよい療養につなげる役割も果たしています。

「ホスピス緩和ケア」では、がんの患者さんを中心にご病気からくる身体的、精神的な苦痛を緩和する医療を実践しています。患者が少しでも自分らしい日々を送ることができるよう、緩和ケアの研修を受けた医師、看護師がチームを組み、最期まで患者と家族を支援します。

人員体制については、常勤看護師11名、夜勤専従4名、看護助手1名を配置し、2交代で入院患者さんのケアにあたります。医師は病棟担当の常勤医と非常勤の緩和ケア認定医を中心に、複数の常勤医がローテーションで診療を行います。夜間は看護師2名と在宅への緊急往診対応を兼務する当直医の3名体制です。

 2.   運営で大切にしているポイント

   理念(思い)の共有

医療機関に限らず、複数の異なる部門がチームを形成していくためには、理念の共有は非常に重要になります。松原アーバンクリニックでは法人の理念である「患者視点に立った医療」を実践していくために自分たちが大切にしたいことをみんなで話し合い、「松原アーバンクリニックが大切にすること」として下記の3つの言葉にまとめました。 

一、「人を看る」という姿勢

私たちは病気だけをみるのではなく、その「人を看る」こと、その人の生活を支えること、その人とお付き合いすることを大切に医療、看護を実践します。

一、チーム医療

私たちは「患者視点に立った医療サービス」を継続するために、日々自己研鑽に励み、お互いを信頼、尊重し合えるチームを構築します。

一、常に全力で

私たちは外来、在宅、病棟が密に連携し、地域と協力して、患者さんとご家族を常に全力でサポートします。

策定にあたっては、全体会議で一人ずつクリニックの魅力や大切にしていきたいことを発表しし、その言葉から文章を組み立てて行きました。理念から大きく逸れていなければ、必ずしも綺麗な文章である必要はありません。ポイントは自分たちの言葉を形にしていくプロセスにあります。クリニックではホームページでの掲載や院内掲示はもちろん、ネームプレートの裏にも印字して、全体で理念の意識づけを図っています。 

   在宅医療に対する理解の促進

病棟への入院は80%以上が自宅や施設からの入院です。また退院後は全体の約60%が在宅復帰(または在宅移行)しています。在宅医療の後方支援ベッドとして多様なニーズに応えていくためには医師、看護師の在宅医療に対する理解が不可欠です。そのため、医師は原則として在宅と病棟を兼務しており、病棟看護師の往診同行見学も積極的に行っています。

   チーム医療による総合力の強化と教育体制の充実

過去5年間の入院患者を原疾患別にみると、肺がんが最も多く、続いて胃がん、脳梗塞後遺症後、肺炎、膵がんという順で、少数ですがALSやパーキンソン病などの神経難病も入ります。全体では半数以上を「がん」が占めました。入院目的ではレスパイトを含むメディカルショートステイから治療、疼痛緩和、看取りまで様々でした。疾患そのものだけでなく、こうした求められる治療やケアの異なる患者の混在は受け入れ側の対応をより複雑にしています。このような幅広い疾患とニーズに対応するためには、それぞれの専門分野の知識と技術を持ったチーム形成と緩和ケアなどの新たな専門分野を習得できる教育体制の整備も重要になります。こうした多様なニーズに対してクリニックでは、消化器、呼吸器、血液、リハビリテーションと異なる専門分野を持った医師を常勤に揃え、それぞれの専門性を結集してチーム医療に取り組んでいます。緩和ケアにおいては定期的に専門の医師にコンサルトをお願いし、勉強会や日々の診療を通してレベルアップを図っています。新入職の医師や看護師から希望があれば、勉強会の動画を共有し、入職前の準備期間に勉強してもらうこともあります。更に、ひとり年間5万円の研修支援制度を設け、ELNEC-Jなどの外部研修への参加も積極的に支援しています。

   収益の管理

有床診療所の診療報酬は病院に比べ極端に低く抑えられており、入院基本料は14日以内であっても一日あたり「861点」で1000点にも届きません。質の高い終末期医療を行うためにはあまりにも低い水準です。そのため、差額ベッド代は高めに設定し、その分人員を厚く配置し、ケアの質を上げることでバランスをとっています。それでも病棟単体では赤字のため、病棟はKPI(平均稼働病床、新患数、退院数、看取り数など)で管理しながら、在宅部門で赤字をカバーし、クリニック全体で採算をとっています。

   情報発信と地域ニーズの理解

これほど手厚い人員体制で緩和ケアに取り組んでいる有床診療所は全国的にみても少なく、他院などからは驚かれることがよくあります。つまり、それほど有床診療所の医療や看護はイメージされにくいため、地域向けの勉強会や学会発表などを通して、情報発信に努めています。他にも敷居を低くするための工夫として、緩和ケア病棟などでは当たり前となっている面談料は取らずに、患者や家族がまず気軽に見学にきてもらえるよう配慮しています。また情報発信と併せて、常に地域に耳を傾け、絶えず地域のニーズを意識して受け入れの幅を広げて行く努力もまた”在宅医療を支える病床”という役割を担って行く上で非常に重要ではないでしょうか。

(企業・行政コンサルティングチーム 荒木庸輔)