海外医療の現場から メディヴァ海外事業部ブログ

認知症にやさしいデザイン

2017年08月28日(月)


2017年7月に東京世田谷区の2つの施設(グランクレール世田谷中町と看護小規模多機能型居宅介護事業所ナースケア・リビング世田谷中町)が、日本で初めて、英国スターリング大学から認知症デザインのゴールド認証を取得しました。メディヴァは、英国スターリング大学と協力し、この2施設の認知症デザイン導入と認証取得を支援いたしました。

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 今回のブログは、認知症にやさしいデザインとは何か、またその効果について、認知症デザイン導入と認証取得の経験を踏まえて紹介していきます。

 

まずは認知症の簡単な背景から説明します。認知症は、日本だけに限らず、世界で大きな課題となっています。国際アルツハイマー病協会(ADI)の推定では、世界の認知症の罹患数は2015年の4700万人から、2030年には1.6倍の7500万人に、2050年には約3倍の13200万人に増加するとされています(図1)(ADI 2015)。
  201708_図1

認知症に関連したコストは、2015年の時点で全世界で約90兆円と試算されており、これは世界のGDP1.1%に相当します(ADI 2015)。認知症に特徴的なのは、医療にかかるコストがこのうちの20%弱にすぎず、残りの80%以上は介護とインフォーマルケア(家族介護など)にかかるコストだということです(図2)(ADI 2015)。これは、認知症では家族や介護者の介護負担が大きいことを反映しています。

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認知症の罹患数が今後ますます深刻化し、それに伴い介護負担の社会的、経済的影響が増加していくなか、認知症にやさしいデザインは、認知症の人たちに対する効果的なケアの一環として注目されてきています。

 

今回、東京世田谷区の2施設の認知症デザイン認証を行ったのは、英国スターリング大学認知症サービス開発センター(以後「DSDC」と表記)です。DSDCは、イギリス北部スコットランドに位置し、認知症の人々の生活を向上させるための様々な専門的知見を有する大学付属の国際センターです。25年以上にわたり、世界各国の研究や実践例を集約し、認知症にやさしいデザインの重要性を広めています。認知症にやさしいデザイン導入支援と認証審査・授与に加えて、認知症ケアの教育や人材育成プログラムの提供、認知症にやさしいコミュニティの確立、認知症政策提言などを行っています。

 

認知症にやさしいデザインとは、認知症の人たちの尊厳を保ち、その人らしく、できるだけ長い間自立して生活できることを促すものです(DSDC 2013a)。認知症の人が受けるストレスを減らすことで、混乱や不穏な状態になることを減らし、また転倒の危険性を最小限にすることで、不必要な入院を防ぐことを目的としています(DSDC 2013a)。

 周囲のデザインが私たちに与える影響は、非常に大きなものです。例えば周囲の環境の影響で、自然と気持ちが落ち着いたり、逆に集中できず物事がうまく進められない経験を皆さんもしたことがあると思います。認知症のように認知機能が低下し、自立が難しくなると、周囲の環境がその人の行動に与える影響がさらに強くなります(Kehana et al 2003; Marshall 2009)。

 

認知症は脳のどの部分が影響を受けるかにより以下のような様々な症状がでてきます。

・記憶力の低下、特に最近のことが思い出せなくなる
・学習能力の低下
・論理的思考能力、判断りょく、問題解決能力の低下
・五感への依存度増加
・不安やストレスの増加
・コミュニケーション力の低下
・時や場所感覚の低下
・感情、行動、性格の変化

 

認知症は通常の老化の一環ではなく、65歳未満の若年層にも起きる疾患です。しかし、認知症に罹患している人たちの90-98%は65歳以上の人たちで占められており(WHO 2012)、高齢になるほど罹患率が高くなります(図3)(ADI 2015)。そのため認知症の大部分の人にとっては、認知症による記憶力や認知機能の低下とともに、高齢者特有の歩行能力の低下、転倒危険性の増加、視力や聴力の低下のような機能低下も起こっているのです。
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認知症にやさしいデザインは、記憶力や認知機能低下と同時に高齢者特有の機能低下にも配慮したものになります。

 

DSDCがこれまでのエビデンスに基づいて提唱している認知症デザインの原則のうち、ここでは主な5つ(照明、床の色調、トイレのアクセス、外空間へのアクセス、見慣れたオブジェ)の特徴を、実際の導入例と合わせて簡単に紹介します。

 

1.照明

照明は、老化による視力低下の影響を補い、必要な情報がしっかりと見える環境を作るということで重要です。高齢者の視力に適切な照度を確保することで、目指す場所を見つけることや、手元の作業ができることを手助けします。通常の建築基準は、労働年齢の人の必要度に基づいて照度が設定されています。認知症の高齢者はこの照度基準の2倍程度の明るさが必要とされています(DSDC 2010, 2013b)。このため今回の2施設は、DSDCの示している空間ごとの基準に従い照度を確認しながら照明の設置が行われました。
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もう1つの照明の重要性として、自然光には、生活リズムを整える役割があることです。認知症の人は昼夜逆転した生活を送ることがしばしばあります。これは本人だけでなく、介護する人たちにとっても大きな負担となります。自然光をたくさん取り込むことができる構造にすることで、自然光の恩恵を最大限に生かし、人々の体内時計のリズムを整えることに役立てます。

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2.床の色調

床は、施設全体で統一した色調を採用しています。部屋と部屋の境目も同じ色調にしてあります。床の色調が変化すると、認知症の人はこれを段差や穴として認識してしまうことがあります。そのため一歩を踏み出すことをためらったり、立ちすくんでしまったりして、転倒のリスクが増加してしまいます(DSDC 2013b)。
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3.トイレのアクセス

トイレに自立して行けることは、多くの人にとって尊厳を保つために優先順位の高い項目になります。トイレがどこにあるか一目でわかることは大変重要な要素になりますので、適切な場所と位置にトイレの標識を設置しています。またトイレのドアは周辺の壁とコントラストをつける色にし、ドア上には文字とピクトグラムの2種類の表示をつけて、トイレだとすぐにわかるようにしてあります。
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4.外空間へのアクセス

自分の意思で外の空間に行くことができるというのは、身体的・精神的な健康を維持するためにどの人にとっても大切なことです(DSDC 2013a)。今回の2施設はともに、中庭やベランダへのアクセスは自由にできるように配慮されています。デザイン面でもバリアフリーであり、部屋の内外で床の色調は統一したものが採用されています。
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5.見慣れたオブジェ

認知症の人にとって、記憶は最近の出来事から失われていき、昔の記憶は長い間失われずに残っている傾向があります。回想法と呼ばれる認知症の療法の一つはこのことを利用しています。今回はイギリスの認知症デザインの原則を導入しているのですが、日本人の利用者を対象にしているので、日本的な要素を多く取り入れています。この点は、認知症デザインの原則を文化的な背景に配慮して取り入れることができたということで、DSDCに高い評価をされました。
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東京世田谷区の2施設が受賞したゴールド認証は、300近くにわたる項目を90%以上満たした施設にだけ送られる最高レベルの認証になります。すでにこのような認知症デザインを導入した施設では、転倒数の減少や暴力行為の減少、また自立してトイレに行ける人の割合の向上や介護スタッフの満足度向上の報告がされています。

 

認知症にやさしいデザインは、これまでの認知症ケアの質をさらに高め、認知症の人だけでなく、介護をする人にとってもプラスとなる可能性を持っています。私たちが直面している認知症という大きな課題に対して、現時点で私たちが取り入れることのできる対応策の1つであり、これが広まることの社会的意義は大きいと感じます。

木内大介

 

参考文献

  • Alzheimer’s Disease International (ADI) (2015) “World Alzheimer Report 2015 The global impact of dementia: an analysis of prevalence, incidence, cost and trends”
  • DSDC (2010) Light and lighting design for people with dementia”
  • DSDC (2013 a) “Improveing the design of housing to assist people with dementia”
  • DSDC (2013 b) “Designing interiors for people with dementia”
  • Kahana et al (2003). “Person, environment, and person-environment fit as influences on residential satisfaction of elders”
  • Marshall (2009) “The needs of people with dementia and their carers and the potential role of design and technology”
  • WHO (2012) “Dementia: a public health priority”