医療業界の財務不正とガバナンスの構築について

2020.09.14

コンサルティング事業部コンサルタント 公認会計士 内田浩介

① 導入

withコロナ・afterコロナの厳しい状況において、経営者として資産を保全、しっかりと守っていくことは重要な仕事の一つです。財務状況を脅かす外的・内的リスクは多々考えられますが、その中の一つに不正リスクが挙げられます。今回はこの不正リスクについて、その内容及び防止方法について述べていきます。

② 医療業界における財務不正

■財務不正の種類とコントロールの関係


※外部の会計監査を受けている法人を除く。

医療業界における財務面の不正を考えた時、大きく2つに分類できます。「診療報酬の水増し」と、「資産の流用」です。前者は報酬を水増し請求する行為です。不正請求により一時的に財務面は良化しますが、発覚時は罰則により大きくマイナスに振れ、加えて信用を失うことで事業の存続も難しくなります。後者は金品、例えば現金や薬品、備品といった法人所有のものを個人のものとしてしまう行為です。医療業界のみならず、一般事業会社においてもよく見られる不正です。小型かつ高額なものが特に対象にされやすいことから薬品の横領は医療業界特有のリスクがあると考えられます。

それぞれのリスクをコントロールしていくことが必要ですが、経営者主導が想定される「診療報酬の水増し」は内部のコントロールが困難です。これは管理体制を構築してもトップであれば無効化可能だからです。ただし、外部からの監査もあることからそちらの面でのコントロールは利いているといえます。一方で「資産の流用」についてですが、多くのケースが現場レベルで実行されています。診療報酬と違い外部監査のないケースにおいて外部のコントロールは利きませんが、内部のコントロールは可能な領域であることから、可能な範囲で最大化することが望ましいと考えられます。

内部のコントロールを疎かにすることは、管理体制の脆弱性につながり、脆弱な管理体制下においては不正実行の「機会」が多いことから不正リスクは高いといえます。財務面を守っていく為には、不正に対する理解を深め、管理体制に目を向けることが必要です。

③ 不正のトライアングル

■不正のトライアングル

■トライアングルの具体例とコントロール

人が不正を実行する仕組みについては、不正のトライアングルが広く知られるところです。不正行為は「動機」「機会」「正当化」の3つの不正リスクが揃った時に起こると考えるものです。不正行為を防止する為にはこの3つのリスクを抑えることが重要であり、いずれも表の通り「人事・労務面の体制見直し」と「財務管理体制の強化」を行うことで実現可能であると考えられます。

しかしながら、コントロール可能な領域には違いがあります。「動機」、「正当化」に対して「人事・労務面の見直し」が重要であることは間違いありませんが、当該リスクにおいては前提としてそもそもお金がない、倫理観が欠如しているケースもありコントロール外の領域も大きいと考えられます。一方で「機会」については、内部の管理体制の仕組みの問題であり基本的にはコントロール内の領域にあります。その為、「機会」に対する「財務管理体制の強化」は不正リスクを抑える観点で相対的に効果が高いといえます。

④ 典型的な資産の流用手段と具体事例

ここでは、②で述べた「資産の流用」の手段と具体例を述べます。典型的な資産の流用手段としては主に3つ挙げられます。いずれも会社財産を毀損する不正行為です。

  1. 管理部門における現預金等の横領
    現金や印紙等の現物をポケットに入れる、法人預金口座から個人口座へ払い込みを行う等
  2. 現場における消耗品・備品の私的流用
    法人PCを個人の物として利用する、資材を他者に転売してお金を得る等
  3. 調達部門におけるキックバック
    数量や単価面で調達先を特別に優遇する代わりとして金品を受け取る等

 

このうち、「b.現場における消耗品・備品の私的流用」について具体的な不正事例を参考として以下で挙げます。

不正内容:消耗品・備品の私的流用
被害内容:94万円(全226点)
不正の概要:用度施設係であったA氏は各部署からの購入依頼を受けて備品の購入~検収の一連の業務を一人で行っていた。横領の方法としては、①納入されたものや在庫になっている物品の横領および②架空発注品の横領であった。横領したものは自ら利用する他、ネットオークションで売却し現金を得ていた。いずれにおいてもA氏以外に管理する者が配置されていなかったことから、白衣の入った段ボールを自家用車に積むところを他従業員に発見されるまで不正は発覚しなかった。

⑤ 不正の防止策

④の不正事例は典型的なものですが、同様の管理体制の不備を有する施設であれば、いつ発生してもおかしくありません。本事例の最も大きな問題点は「一連の業務を一人」で行っており、全く「チェックによる牽制」が無かったことで、架空発注や備品の横領の不正「機会」が多分に用意されていた点です。それではこのような不正の「機会」に対して具体的にどういった防止策が考えられるでしょうか。

不正の防止策としては、「各不正に共通するもの」と「各不正に個別に対応するもの」に分けることが出来ます。「各不正に共通するもの」とは組織として不正を防止する為のルールや仕組み等であり、「各不正に個別に対応するもの」の前提となります。「各不正に個別に対応するもの」とは現場レベルで実際に不正を防止する為の手続です。更にそれぞれ、その中で「防止的なもの」と「発見的なもの」に分けることができ、④の典型的な資産流用手段に対する防止策を当該区分で整理すると以下のようになります。


※a,b,cは④で挙げた3つの典型的な資産流用手段に対応

この中で特に重要なものかつ比較的構築しやすい4つを個別に説明します。

・経営者の会計や管理業務への理解(共通)

経営者として会計及び管理業務を理解しておくことは最も重要な体制の一つです。会計を理解するということは、実態(財務に関連する全ての医療業務の動き)と数字(財務諸表)を結びつけることが出来るということです。大きな不正が行われた場合、必ずこの実態と数字の間に乖離が生じます。会計を理解していればその乖離に対して違和感を持つことが出来ます。管理業務を理解するということは、自らが有する管理体制のどこに弱さがあり、どこで不正が実行されやすいか理解するということです。管理体制の構築にあたって、どこに手を打つべきか考える場合の大前提となります。

この二つの理解は、財務を守るという観点で全ての組織の経営者にとって必須の項目であると考えられます。もちろん経営者全員が理解していることがベストですが、医師という職業柄現実的には難しい面があると思います。その場合であっても、法人であれば理事会内に少なくとも1名、そうでなければ最上位の管理者にあたる者が会計と管理業務に精通していることがベターであると考えられます。

・ダブルチェック体制の構築(共通)

ダブルチェック体制は管理部門の人数が少なくても構築が可能な防止策でありかつ効果も高いものです。例えば上図にある「職務の分掌」や「ジョブローテーション」はある程度人数がいる前提となりますが、ダブルチェック体制であれば2人いれば実行可能です。担当者によって不正がなされたとしても第三者がチェックすることで発見可能なうえ、ダブルチェック体制自体が牽制になり防止効果となります。もちろん全てのタイミングでダブルチェック体制を構築することは現場の負担となることから、効果的なチェックポイントを見定め実施することが重要です。この点、上で述べた「経営者の会計や管理業務への理解」が重要となってきます。

・現物照合、残高照合(個別)

現物照合とは現金、備品等の現物が存在するものにつき帳簿との一致を確認する行為です。残高照合とは預金についてネットバンキングや通帳の残高金額と帳簿との一致を確認する行為です。現物が仮に横領された場合、帳簿との差となって現れてきます。分かりやすく効果も高い手続です。ただし、担当者単独で行っても意味はなく、上の「ダブルチェック体制の構築」とセットでなければ効果を発揮できません。

・入出金管理、台帳管理(個別)

上記「現物照合、残高照合」は仮に帳簿が改ざんされた場合には効果を発揮できません(帳簿との差となって現れてこない為)。その為、帳簿を正確に管理保全する手続が必要となります。具体的には帳簿を付ける際にはダブルチェックをかけることです。例えば現物を横領する場合には対応する金額を帳簿からもマイナス処理することが想定されますが、帳簿処理のダブルチェックにより発見が可能となります。基本的には常にダブルチェックをかける体制が望ましいですが、難しいのであれば定期的に(この期間は長くなりすぎない方が良いです)帳簿をレビューするという方法もあります。当該手続を実施することで上の「現物照合、残高照合」の実効性を更に高めることが出来ます。

⑥ 最後に

以上で不正の概要から手口、その防止策まで述べてきましたが、現実的な実行にあたっては、ヒト・モノ・カネが必要であり、管理体制の構築には限界が存在します。しかしながら何も対策を打たなければ経営者として財務を守ることは出来ません。各々の状況に合わせ、費用対効果を鑑みながら管理体制を構築していくことが良いと考えられます。