海外医療の現場から

マレーシアのQOV改善に向けて①眼科医療調査の概要

2019.11.06

海外事業部
コンサルタント 宮田佳歩

 

QOV(Quality of Vision)という言葉をご存知でしょうか。「視覚・見え方の質」 を意味し、平成の眼科医療の進歩を象徴する概念ともいわれます(m3.comより)。ヒトが得る情報の8割は目から入るため、QOL(生活の質)向上のためにも視力の維持は欠かせず、認知症との関連性も指摘されています。将来的に日本より速いスピードで高齢化が進む東南アジア各国にとっても、眼科というのは重要になってくるといえます。

メディヴァの海外事業部では、2019年春から半年かけて、東南アジア、特にマレーシアの眼科医療について調査を行いました。今回はその概要について、次回は現地ヒアリング調査の詳細についてご紹介します。

 

マレーシアでは、失明の6割が白内障

日本における主な中途失明原因は、緑内障、ついで糖尿病網膜症です。白内障は80歳以上になるとほとんどの人が発症するとされますが、現在の日本では安全な手術が普及したおかげもあってほとんど失明には至りません。しかし世界的には白内障による失明が多数を占め、マレーシアでは1年間に6万人程度が 白内障によって失明しています。

 

首都クアラルンプールの公立病院眼科を視察した際には、白内障が進行して目が真っ白になっている患者も多く見られました。眼科医にヒアリングしたところ、受診した時点ですでに手遅れになっているケースも多いといいます。この背景として、次の3点が挙げられます。

 1)眼科受診の必要性を患者自身が認識していない

 2)プライマリケア施設等で眼疾患患者の吸い上げができていない

 3)眼科(専門医)までのアクセスが悪い

 1については日本も患者の意識が高いとは必ずしも言えませんが、眼科医や製薬・医療機器メーカー等の根強い啓発活動が続いています。白内障手術への心理的障壁を取り除くことで、手術率を向上させてきたこともあります。

 2については、マレーシアにおいてかかりつけ医としての役割を担うGP(総合診療医)などのプライマリケアの段階において、適切なスクリーニングが実施できていないのではと考えられます。

 3については、日本との大きな違いで、公立の場合は直接に眼科を受診できない(必ず一度はGP診療所を受診して紹介状をもらう必要がある)という仕組みが課題となっています。制度自体に介入することは困難であっても、例えば紹介フローを効率化する、院内のオペレーション改善(ソフト面においては予約から診療・処方までのフローを改善する、ハード面においては電子カルテや遠隔診療を導入するなど)によって生産性を向上させる 、などの可能性は十分にあります。

 

若くて多様な国家

ここでマレーシアについて、簡単に整理しておきましょう。人口は約3,200万人、国民平均年齢は28歳と若い国で、中華系7割・マレー系2割・インド系1割からなる多民族国家です。国土としては東西に分かれています(半島マレーシアと、オランウータンで有名なボルネオ島)。

都市と地方の経済格差はありますが、政府(保健省)主導でボートやヘリコプターを使った移動診療所が展開され、公立医療機関は全土をカバーしています。イギリスの影響を強く受けており、医療においてもGP制度を採用しています。

 

医療資源:安価な公立とサービスの良い私立

公立医療機関は非常に安価に受診できます(外来1リンギ=約30円)。そのため患者が殺到し、混雑が大きな課題となっています。それに対して私立医療機関は、比較的高品質な医療サービスを提供していますが高額で、民間医療保険(自己加入もしくは勤め先の福利厚生とし)を利用するのが一般的です。
 医師としても、勤務時間が短く設備も整っている上に待遇が良い私立への志向が強く、人材流出が問題になっています。後述するようにマレーシアではただでさえ眼科医が少ないのに、患者の過半数が受診する公立医療機関の医師が減ってしまい、いっそう公立は多忙で不人気になってしまう、という悪循環を招いています。

 

深刻な眼科医不足と代替としてのGP

マレーシアの医師数は約38,000人、そのうち眼科医は382人に留まります(人口100万人あたりの眼科医数:日本109人、マレーシア(都市24人、地方5人))。その背景としては、眼科医の育成枠が限られる(3校×年間16人枠のみ)、眼科医になるまでに最低でも12年間かかる、という教育課程上の問題があります。
 一方でGPは過剰であるとされ、何らかの強みがないと開業できない・事業が続かないという課題もあります。ただし彼らはかかりつけ医として患者にとっても身近な存在であり、生活習慣病などの定期ケアも担っています。眼科医の数自体を増やすことは難しくても、GPの能力・機能向上によって初期の眼科スクリーニングは可能になるのではないかと考察しています。
 
 

アプリなどの簡易眼科検査の普及

眼科の検査機器は非常に高額であり、公立医療機関や個人開業医が簡単に手を出せるものではありません。一方で、世界各国の大学やベンチャー企業などがスマートフォンに取り付ける眼底カメラやアプリなどの開発を進めています。マレーシアは政府としてもITや医療テックの導入に積極的であるため、今後こうした技術を活用して簡易眼科スクリーニングを普及させることができるのではと考えています。手挙げしている現地企業もあり、具体化が期待されています。
 

 

※補足
・緑内障:眼圧の上昇などにより視神経が傷つき、徐々に視野が狭まり失明する
・糖尿病網膜症:糖尿病の三大合併症のひとつで、最終的に網膜剥離により失明する
・白内障:加齢にともない水晶体が濁ることで視力が低下する

 


執筆者:宮田 佳歩│Kaho MIYATA

株式会社メディヴァ コンサルタント。富山県出身。東京大学教養学部比較文学比較芸術コースを卒業後、新聞記者として幅広いテーマを取材する。 医療・介護分野をさらに掘り下げるとともに、日本の強みとして海外にも発信していきたいと考え、2018年10月からメディヴァに参画。心身両面での健康・幸福を国内外で普及させることを目指す。