ヘルスケアの「明日」を語る

マッキンゼー・アンド・カンパニー「医療制度改革の視点」のご紹介

2009.02.20

マッキンゼー・アンド・カンパニーが「医療制度改革の視点」という冊子をまとめました。以下に興味深かった事例、分析をご紹介します。

1)医療費の増加

 日本の医療費は2035年までに最大92兆円(GDP比13.8%)まで膨れ上がる可能性がある。約四半世紀後に、総額で約3倍、GDP比率でも約2倍となりえる訳だ。この背景には、高齢化だけでなく、医療技術の進歩と経済成長が存在する。2020年までにこの3つの要因は、ほぼ同等の割合で医療費増に影響を与える。医療費増が不可避であるなか、無駄は当然省かなくてはいけないが、同時に「増加が不可避で不可逆」であることを共通認識として、財源確保や医療システムの維持向上に論点を移すべきである。

2)医療費財源

 日本の医療費財源は、「保険料」、「患者の自己負担」、「公費負担」の3つである。患者の「自己負担」を現在と同等の10~30%に据え置いた場合、「保険料率」を現在の約1.5倍に引き上げたとしても、必要な消費税は10%となる。実際は、消費税財源は医療以外の分野でも使われることになるため、「消費税を上げて、それを医療財源とすればいいではないか」という議論は正論ではあるが、当面想定されている消費税の増分だけでは不十分である。財源不足を補うには、①需要を抑えるか、②新しい財源を求めるか、の選択肢を選ばなくてはならない。

3)財源不足への解決策:需要の抑制(海外事例)

 他国の事例を見ると、OECD各国の中でも、保険給付の対象となる医療行為の範囲は異なる。例えば、スウェーデン、デンマーク、カナダ等では歯科治療、眼科治療、風邪に対する鎮痛処方は公的保険の対象外とされる。一方、日本で保険の対象とならない出産を保険給付の対象とする国もある。
 スウェーデンでは、80年代から90年代の高齢化に伴う医療費の増加を食い止めるために、病院の療養病床を老人ホームの代わりとしていた「社会的入院」を排除した。市町村に長期療養を受入れる施設の開設運営、インフラの整備を求め、病院の療養病床を削減した。当初極めて批判の強い政策であったが、実施から16年後の現在では医療費抑制効果は認められ、高く評価されている。

4)財源不足への解決策:新財源の導入(海外事例)

 日本の医療費の96%は「強制負担」(健康保険における自己負担額も含む)で賄っている。「任意負担」部分は4%に過ぎないが、OECD諸国では、米国の42%を筆頭に、スイスの36%、ベルギーの19%、英国の14%、スウェーデンの13%と2桁台の負担率となっている。
 スイスの公的保険では、「公的保険」に追加し、「オプション保険」が用意され、人口の60%が加入している。このオプション保険は、居住地域以外での診療、追加検査、代替薬への切り替えが可能となる。また個室等の手厚いサービスを更に受けたい人は、「民間の入院保険」に入ることも可能である。
 オプション保険、任意保険は公的保険が適用される同じ医療機関で使われ、その施設、サービスの整備に寄与している。一部の人が支払う負担によって全員が恩恵を被ることになる。

5)提供側の課題 医師不足

 「医療現場に医師が足らない」ということはここ数年間繰り返し新聞でも取りあげられている。実際、人口1000人に対する医師の数が、OECD諸国の平均3.0人に対し、日本は2.0人であり、絶対数が足らないのは間違いない。医師不足問題に拍車をかけているのが、下記である。
①患者一人当りの診察回数の多さ 患者一人当たりの受診回数は、OECDの平均6.9回に対し、日本は倍の13.8回である。
②人口当たりの入院患者の多さ 人口1000人当たりの入院患者数はOECDの平均5.5人に対し、日本は倍の11.4人である。この背景には、日本が他国に比べて病床が多く、在院日数が長いことが上げられる。急性期病院だけで比較しても、人口当たりの病床数はOECDの平均4.1床に対し、日本は倍の8.2床である。また急性期病院での入院期間も、OECDの平均7.1日に対し、日本は19.2日と倍以上である。在院日数の長さは、全年齢層に亘っている。

6)提供側の課題 症例の分散

 高度な手術等で症例が分散すると、経営的な効率も悪いが医療の質も落ちる。心臓疾患による手術を例に取ると、「CABG(冠動脈バイパス手術)の件数が少ない施設は死亡率が高い」という研究報告も存在する。一施設当たり年間の手術件数が25件以下の病院と100件以上の病院だと、手術中の死亡率が3.4%に対し1.3%と3倍の差があった。
 日本の一施設当たりの症例数は、例えばPCI(経皮冠動脈インターベンション)の例では、英国が755、フランスが492、アメリカが381に対し、日本は107である。CAGB(冠動脈バイパス手術)の例では、英国が688、フランスが467、アメリカが343に対し、日本は37である。

7)新薬・新技術の遅れ

 世界で既に上市されている主要な薬剤(販売実績トップ100)の7割以上は、海外での上市と日本での上市との間に5年以上の開きがあった。平均的な遅れは約7年間である。トップ100薬のうち約4分の1が現在日本では、開発中、申請中、未開発などの理由により一般的には使うことができない。
 新技術に関しても同様の傾向が見られる、例えば埋め込み型除細動器の保険適用は、日米で11年の差があった。また保険適応が認められた後の現場への技術の浸透も、日米では差がある。この一つの要因が、前述の症例の分散ではないかと筆者は思う。

8)病院経営の生産性向上
 これもよく言われることであるが、日本の場合中小病院にも高度な医療機器が導入され、結果として病院経営を圧迫している。月間300件の検査を実施しないとペイしないと言われるMRIの普及率は、人口100万人に対しOECD平均が8台に対し、日本は40台である。イギリスは5台しかなく、反対に必要な検査がされずに放置される患者が発生することが社会問題となっているので、少ないことが必ずしも是ではないが、日本の40台は多すぎるのではないか、と思われる。月間300件を自院の患者だけで賄うことが出来るのは大病院だけであろうから、他の医療機関では経営の圧迫要因となっている可能性が高い。

9)医療制度の生産性向上

 先日レセプトオンライン化に反対した医師団体が、「強制は違法」と提訴した。個々の医療機関の経営という立場からはそういう意見もあるのかもしれないが、マクロ的な効率性で言うと疑問を感じざるを得ない。
 一足先にオンライン化を実現した韓国のケースと比べてみる。レセプトの処理件数は日韓で、ほぼ同等の年間8億件。審査に必要な人員とコストは、日本が総コスト860億円、総人数6500人(うち委託医師4500人)に対し、韓国では総コスト100億円、総人数1500人(うち医師40人、専門看護師1200人)と、760億円ほどのコスト差が発生している。
 レセプトオンライン化反対派の主たる反対理由が、オンライン導入への投資負担とその後の審査による更なる医療費削減圧力だと思われるが、年間760億円のコスト削減が発生するなら、本当に困っている医療機関にはオンライン化投資の一部を先に還元してもいいのかもしれない。
 審査による医療費削減効果は、韓国の場合7500億円発生しているとのことであるが、日本でも一部の医療機関で発生している過剰診療、過誤請求は当然削減対象とするべきであろうし、仮にそれを越えたものを削減対象とする場合は、現場の医師を含めて議論を重ねて行けばよいのではないかと思われる。

10)効率的に質の高い医療を提供している実例

 上記のように様々な課題が分析される一方、今後の示唆となる事例として大阪府豊能地域の「広域こども急病センター」が上げられていて、興味深かった。同地域では、小児救急での医師不足が深刻化していたが、近隣各病院の小児科医師、研修医、開業医の協力の下に同センターを開設、運営し、夜間等の救急に対応している。同センターでは、患者を振り分け必要な者だけを二次医療施設(公立病院)に搬送し、残りは1日分の薬を出して、翌日は掛かり付けの医師に誘導する。これにより地域の市立、公立病院に来院する患者は全体として8割減少し、医師の労働環境も大幅に改善した。
(余談であるが、大阪府豊能地域は筆者の出身地で、HPで確認すると土地勘のある地域で非常に懐かしかった。)

 非常に興味深い分析、事例を受けて、マッキンゼーでは「課題解決へのアプローチ」として、①現状の課題についての合意形成と国民レベルでの理解の促進、②これまでの改革のボトルネックの理解、③「何を達成したか?」の議論からビジョンを策定すること、を提唱している。

 要は、「医療崩壊」という言葉が広く膾炙されても、現状行なわれている議論の多くは、特定の切り口(例えば医療費負担、医師不足、医療過誤)に偏っていて、全体観のあるバランスのとれた議論が少ない。また政府、医療関係者(医師会等)からの開示、説明も不足しているため、国民は断片的にしか課題を理解しておらず、理性的な議論が阻まれている。開示、説明の一環として、過去の改革のボトルネック(縦割り行政等)を理解する必要がある。
 新制度のビジョンを描く場合は、「この制度で何を達成したいか?」という目的から合意しないと、新しい制度の形と既存制度のもつ既存権益との差に目がいってしまい、生産的な議論とならない、とのことである。例えば、全体のビジョンの柱として「すべての国民が必要な時に適切な医療を受けることができる」、「提供される医療の質が、世界最高水準と同等に保たれている」、「効率的に費用が使われている」等を設定し、優先順位の高い領域(例えば、がん、救急医療、小児科等)におけるサブ・ビジョンへと展開する。サブ・ビジョンを達成するための「要素」として、上述の分析で示唆した「過剰受診、過剰診療の防止」、「医療資源の適切な配分」等を参考にすることを提唱している。

11)筆者のコメント

 これだけいろいろ興味深い分析が並んだ結果が、「ビジョンを作ろう」ということだと、拍子抜けされる方もいるかもしらっしゃるかもしれません。しかし、「何を達成したいか?」から考えるトップダウンの議論は、欧米では一般的な方法なのです。日本人はどちらかというと個別事例を積み上げたボトムアップの議論を好みますが、欧米ではある意味ではゼロベースに戻ったトップダウンの考え方を採ることがまま見られます。オバマ大統領の「チェンジ」も過去と決別して、「アメリカ合衆国はそもそも何を目指して建国したのか」ということに立ち返って考えよう、というトップダウンの議論を始めようと呼びかけています。

 日本の医療制度のように、過去の経緯とその結果発生した利害関係が複雑に入り組んでいる場合は、個々の事例から発するボトムアップの議論だけでは問題は解決しません。しかしながら、トップダウンの議論を行なうにしても、いくつかヒントとなる「解」がないと、理念論だけで終わってしまう危険性があります。大阪府豊能地域の「広域こども急病センター」は、そういう意味では良い「解」のヒントになると思います。
 今回マッキンゼーの分析には取りあげられていませんでしたが、例えば海外における「病院と開業医のあり方」も一つの「解」のヒントになるのではないでしょうか。日本では、病院の勤務医は開業医と対峙するものとして語られます。「勤務医は開業医に比べて、給料が安い」。また、「勤務医は開業医に比べ、勤務条件が厳しい」等と言われています。しかしながら、例えば米国では、医師は原則的に独立開業していて、病院の設備を活用し診療の幅を広げています。自分の診療所で診た患者さんを入院させ、治療し、退院したらまた自分の診療所で診ます。病院のERには勤務医はいますが、一般的な医師は独立自営です。そこでは、「開業医」対「勤務医」という構造はなく、医師は「病院」という医療資源を最大活用し、自分の患者さんにベストな医療を提供し、金銭的な成果を享受します。
 また海外の病院における「医師の業務範囲」も「解」のヒントとなります。医師の数が足りないにも関わらず、各種委員会への出席から電子カルテの入力までいろいろな「雑務」を負わされているのは、医療資源の無駄遣いに他なりません。年配の先生の言では「患者さんを診るのに使う実時間」はここ20年で3分の1くらい減ったそうです。海外の病院では、医師は医師にしか出来ない仕事をし、その他の業務は経営の専門家からメディカルセクレタリーに至まで各種の職種と分担しながら仕事をします。
 この他にもプライマリーケアのあり方、ターミナルケアのあり方、在宅医療のあり方等「ヒント」は多数あります。これらの細かい事例を横目でにらみながら、今一度日本の医療のあり方を考えてみてもいいのではないでしょうか。