ヘルスケアの「明日」を語る

医師不足の時代に対応 信越病院の事例

2007.11.02

 全国の医師数は約27万人であるが、昨今は都市部への偏在が大きな社会問題となっている。各医局がさまざまな問題を抱えて縮小されるなか、担っていた地方病院への医師派遣機能も低下した。また医師個人も他の職種と同じく、都会での生活を求めるようになっている。そのなかで、地方に立地する病院は、どこも医師の確保に悩んでいる。

 信濃町立の信越病院は、他の地方病院と同様、医師不足で悩んでいたのであるが、このたび常勤、非常勤合わせて4人の医師を採用することに成功した。
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 その背景には、従来型の採用方法を見直し、「医師が働きたくなる病院」像に合せて情報発信するという、「発想の転換」が存在する。従来型の発想では、医師の給与や諸条件を上げることが採用確率を上げる唯一の方法だったのを、医師が求める職場像を考え、医師の働き方を提案することが成功をもたらした。

 信越病院は長野県上水内郡信濃町に位置する。病院自体は築36年を経過し、けして新しいものではなく、アメニティや利便性が良いといえるものではない。病床数は106床で、内訳としては一般56床、療養型50床である。診療科目は内科、外科、整形外科、眼科、泌尿器科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科であり、外来数は一日270人、入院数は日平均で約97人と患者数は多い。地域の高齢者を中心に「かかりつけ病院」として、日常的な健康管理、治療を担い、町唯一の病院として地域を支える重要な機能を担ってきた。

 信越病院は、常勤4名、非常勤6名の医師により運営されていたが、今年の3月院長を初め数名の医師が退任することになり、後任が採用できない、という危機に見舞われた。新たな医師を採用すべく、町役場の担当者は各医局に医師派遣を依頼したが、医局も医師不足に悩んでおり、解決には至らなかった。また、昨今活発に活動している医師紹介業にも依頼をしたが、芳しい結果はなかなか得られなかった。

 悩んだ末、町は自らが持っている「資源」を見直し、それを医師に対していかに魅力的に見せるか、を検討した。医師にとっての職場の魅力は、大きく分けると3つある。一つは、当然のことながら給与、諸条件である。2つ目は、医療内容である。医師を志す多くの者は医療的な理念や実行内容に大きな興味を持ち、共感できる職場を求める傾向にある。理念に共感できて、自分の勉強になるのであれば、給与・条件が劣っていても勤めたい、という医師は多い。最後には、ライフスタイルである。医療は継続性が大事で、医師は、医療を続けることができるラあしながらイフスタイルが実現可能な職場であることは必須と考えている。
 信越病院は上記の1~3に照らし合わせて、自らが持つ資源を棚卸し、そこで抽出された強みを元にHPを全面改定した。まず1の「給与」についてであるが、常勤医師の年収は35歳で1,500万円、50歳で2000万円、非常勤医師の時給は1時間あたり1万円からなので、他の病院と比べて特段高いとは言えない。しかしながら、常勤医師には土日の休日に加え、週2日の研究日を設け、非常勤医師には旅費を町で負担し、勤務する前日には町の負担で町内のホテル、ペンションに宿泊できるものとし、「給与」以外の「条件」をアピールした。

 しかしながら、「給与・条件」だけでは限界があるので、町が力を入れたのは、「医療内容」である。長野県は医療費が低額であるのに関わらず、健康で長生きする高齢者が多いことで知られている、信濃町も昔から地域医療に熱心に取り組んできた歴史がある。通院が困難であるながら家族の下での療養を続ける高齢者のために、信越病院は昭和59年からいち早く訪問看護を提供し、今は国の大きな方針となった「在宅医療」のさきがけを担ってきた。その後、訪問リハビリ、訪問栄養指導、在宅服薬指導、高齢者サービス連絡会、健康管理、予防医療等についても国に先駆けて取り組んできた。また、最近は研究者と共同で、森林浴の医学的効果確認に積極的に取り組んでいる。信濃町では町で森林メディカルトレーナー(ガイド)を育成し、療養効果のある森林ウオーキングや森での呼吸法を指導している。このように、広く一般には知られていないが、全国のモデルとなるような取り組みを行ってきたことは、医師には非常に魅力的に映る。

 また「ライフスタイル」に関しては、幸いにして信濃町は観光資源に富んだ地域である。北信五岳(妙高山、黒姫山等)に囲まれ、野尻湖でのウオータースポーツやバスフィッシング、黒姫高原・斑尾・妙高のスキーなど一年を通して楽しめる。医師募集HPのトップページにも、「東京から新幹線で2時間ちょっと。観光資源豊富な黒姫で地域医療に貢献し、自然を楽しむライフスタイルを実現しませんか?」とアピールしている。

 しかし、町のHPは単に町が観光名所であることを伝えるだけではなく、年齢・ライフステージに応じた様々な働き方を提案している。臨床研修先として若い医師が週2日の研究日を活用し働きながら学ぶことともに、リタイア後には町所有の別荘地を廉価で紹介することが可能な旨も記載されている。たとえば若い医師に対しては「早い段階で訪問診療を核とした地域医療体験を積んでいただき、今後のキャリアプランに役立ててほしい。経済的に不安を感じることなく、臨床・研究に励める環境を提供したい。自然豊かな長野県信濃町、黒姫高原のファンになっていただきたい」というメッセージを送っている。

 上記のように信越病院は、町、病院の持つ「資源」を整理し、インターネットや紹介業者を通して医師に発信した。成果は前述のとおり常勤、非常勤を合せて4人の確保するという目覚しいものである。「医療内容」や「ライフスタイル」に関するアピールは大きな効果があった。もちろん医師不足で悩む全国の市町村がすべて信越病院のような成果が上げられるとは限らない。信濃町の場合は地域医療の歴史もあれば、観光資源もあった。しかしながら、医師が求めるものに応じて自らの資源を棚卸し、発信方法を工夫する、という手法は全国共通であり、多くの病院が学べるものではないか、と思われる。