ヘルスケアの「明日」を語る

予防市場の制度化(3)

2007.08.01

平成20年度から始まる特定健康診断と特定保健指導の義務化に合わせて、様々な新しい事業が生まれている。今回は、企業の福利厚生のアウトソーシング・サービス事業から発展し、特定健診関連業務のアウトソーシング業務を展開している株式会社イーウェル(千代田区;http://www.ewel.co.jp)という会社の例を紹介したい。

 健康保険組合にとって大きな課題の一つは被扶養者(=配偶者等の家族)の健康診断である。被保険者(=従業員本人)の健康診断は、通常労働安全衛生法上の法定健診(いわゆる「企業健診」)が実施されているので、90%を越える受診率を確保している。しかしながら、被扶養者の場合、健保が実施している人間ドック等の補助金事業での受診率がせいぜい30%程度で、目標値から大きく外れている。そもそも「健康診断に行くのが面倒」であるとか「主婦業が忙しくて行く暇がない」という被扶養者も多いため、受診率を確保するには、まずは利便性の高い健診ネットワークを構築することが求められる。

 利便性の高い健診ネットワークを構築するには、健保組合が独自でそれぞれの健診機関と提携する以外に、日本人間ドック協会等の全国ネットワークを持つ健診組織と契約する方法と、市町村国保の仕組を活用し全国の医師会健診ネットワークに乗る方法がある。これらはいずれも、健保が独自で全国の健診機関と「提携」するという手間を省くために厚生労働省が作った制度である。

 しかしながら、これらの方式では「提携」の手間は省けても、健診業務に関わる「付随業務」の手間を省くことは出来ない。例えば、健保組合は被扶養者に対し、健診機関、受診方法の案内を行わなくてはならない。また、医師会健診ネットワークを活用する場合は「受診券」というものを使うが、これを発行し、配布しなくてはならない。また、未受診者のトラッキングや受診促進を行わなくてはならない。更に健診終了後には、健康診断データを収集し、管理しなくてはならない。対象者が数千人から万に及ぶこともあるため、健保組合にとっては大変な手間である。イーウェルの場合は、健保の健診に関連する業務を全てアウトソーシングで受託することにより、「提携」の手間だけでなく、「付随業務」の手間も全て引き受ける。

 イーウェルは、東急不動産の社内ベンチャーとして2000年に創業した。宿泊施設など東急グループの資産を活用しながら企業の福利厚生をアウトソーシングで受託し、現在は宿や旅行だけでなく、健康(人間ドック、メンタル相談、フィットネスクラブ等)、育児(ベビーシッター等子育支援サービス)、教育(英会話等)等幅広いメニューを提供している。プライバシーマークも取得しており、研修の受講管理や財形貯蓄の管理等の人事部関連業務まで受託するケースもある。顧客は、大手の企業を中心として708団体、114万人である。
 イーウェルの場合、顧客企業から健保組合を紹介され、その課題を解決するために特定健診業務のアウトソースを受け始めたのだが、元々企業向けに健康関連メニューを提供していたこと、人事関連の個人情報を扱い慣れていたこと、各種サービスの手配を行うためにコールセンターを整備していたことにより、特定健診業務を受託するのに適したポジションにいた。

 同社は、企業健診を受託していた頃から構築した1000カ所におよぶ健診機関のネットワークを持っている。日本人間ドック協会等の既存ネットワークを使う場合と異なり、イーウェルの健診ネットワークは健保組合のニーズに合わせて、どんどん増やすことができる。例えば、岩手や北海道等の地方都市に工場があった場合、利便性を確保するためには、その地域での健診機関との契約が必要となってくる。同社の場合は、そのようなニーズに応えて、提携健診機関を増やしている。また、特定健診の項目だけでは受診者にとって魅力が薄いと思う健保に対しては、婦人科や乳がん健診が受診可能なネットワークを提案する。

 同社の特徴は前述のとおり、「提携業務」だけでなく、健診に関わる一切の「付随業務」をアウトソースで受託することである。受診者の案内や受付、問い合わせ対応やデータ管理だけでなく、クライアントの要望により、未受診者のリストを作り、電話等で受診促進を行うことも実施している。健診機関がデータでの結果送付に対応してない場合、紙で貰って入力業務も代行する。
 受診者への健診受付を行う時にポイントとなるのはコールセンターのキャパシティと処理能力であるが、現状20人のコールセンター体制を引いており、今後の顧客増に合わせて、人員体制も強化していくそうだ。コールセンターの体制,能力は非常に重要で、他のアウトソース会社でも健診手配業務を実施しているところはあるが、自前でコールセンターを抱えているところは存在せず、別の取次ぎ機関に再委託をしている。このためキャパシティがオーバーして受診申込の電話が取れなくなる事故が発生することも稀ではないそうだ。

 イーウェルの場合、健康診断の結果データは各健診機関から一括で貰い、保管・管理するKENKOBOXというASP方式の健康データ管理システムも独自で開発している。健康診断結果がKENKOBOXに保存されている場合、受診者は過去の健診をインターネットの専用HPを通して閲覧し、動画、静止画で各種健康情報を取得することができる。例えば、動脈硬化が疑われる患者さんは、クリックすることにより、動脈硬化の疾病情報や予防、治療方法についての情報を動画で学ぶことができる。健診データという機微な情報を管理するために、必ず属性情報と健診結果情報は別サーバで管理されている。

 健康保険組合は一般的には人員体制が少なく,多大な業務手間には耐え切れない。このため同社のような「完全な業務代行機関」は、非常に喜ばれているとのことである。厚生労働省も、元々はこの形態は想定していなかったとのことであるが、「民間活力の有効活用」として、大いに期待しているらしい。