ヘルスケアの「明日」を語る

予防医療市場の制度化(1)

2007.06.01

「メトボリックシンドローム」という言葉は、使われ始めてからわずか1年程度であるが、今や広く一般に認知されるようになった。これは内蔵脂肪症候群のことであり、40歳から74歳では、男性の2人に1人、女性の5人に1人が該当者もしくは予備群とされ、総計では1960万人と推定されている。過去の調査によると、内蔵脂肪症候群の人は、高血圧、糖尿病、高脂血症等生活習慣病や脳・心臓血管障害になるリスクが高い。

 高齢化により毎年1兆円の増加が見込まれる医療費の伸びを抑制するために、厚生労働省はこの「メタボリックシンドローム」に着目し、平成20年度より各保険者(健康保険組合等)に対して、標準的な健康診断と保健指導を実施することを義務づけた。今までも、各健康保険組合、企業や自治体では健康診断を実施していたのであるが、その役割が不明確であることや、健診は実施してもそのフォローアップが出来ておらず、「やりっぱなし」であることが、問題視されていた。このため、新制度では健康保険組合等が健診の実施義務者となり、メタボリックシンドロームの対象者に対してはかならず保健指導を行うよう定められている。

 平成24年度の実施目標値は、健康保険組合の場合、健康診断が80%、保健指導が45%で、それによるメタボリックシンドロームの対象者および予備群の減少率が10%である。健康診断、保健指導を受ける対象者は、各健保とも数千人、全国で5600万人と推計され、これによって出現する市場は1兆円とも言われる。

 新制度における健康診断、保健指導はそれぞれの項目、手順が細かく定められている。健康診断は「特定健診」という名前で呼ばれ、企業が従業員に対して実施している労働安全衛生法上の定期健康診断の項目から、レントゲンを除き、腹囲測定や血液検査を足した項目となる。保健指導は、最低40分の面談に加え、2回の面談と電話やメールでのフォローが一般的な流れとなる。健康診断の標準的な価格は8000円程度、保健指導は3−4万円である。

 健康保険組合の多くは、今まで医療費の支払い等を主たる業務としており、新しい事業の企画を担うことは極めて稀であった。人間ドックやスポーツクラブ等の健康づくり事業を実施している健保組合もあるが、「案内を出して希望者が参加する」という形式であるため、対象者全員が参加する事業は原則的に存在しない。それが、いきなり従業員および家族全員を対象として、特定健診、特定保健指導を実施しなくてはいけない、ということになったため、困っている健保組合は多い。義務化の内容が最終的に決まったのは今年3月の末であるが、それまでは「まさか、本当に義務化はしないだろう」と思っていたところも多く、4月以降急いで検討を開始している状況である。

 平成19年度は、20年度の義務化に向けた準備期間として位置づけられている。このため、20年度に恙無く健診および保健指導が開始出来るよう体制を作ることのみが義務付けられている。19年度の末には、各健康保険組合は20年度以降の実施のための計画を策定し、実施体制、資源配分等について定めたものを提出しなくてはならない。計画策定のために、各健康保険組合がまず実施しているのは被扶養者(配偶者等)に対する「アンケート」である。「アンケート」の必須項目は、まず「住所」から始まる。

 実は多くの健康保険組合では、被扶養者の住所を完全には把握していない。被保険者(従業員)の居場所は事業所の所在地に一致するのでおおよそ掴めていても、被扶養者(配偶者等)は必ずしも一緒に住んでいるとは限らない。従業員の2〜3割が単身赴任しているケースも存在する。今までの業務の流れであれば、健康保険証を事業所経由で配布していたために困ることはなかったが、これからは住所が分からないと最寄りの健診機関と提携することもできない。このため、まずは「住所」の調査から開始しているのである。
 「アンケート」では、住所の他、「過去の健康診断受診の有無」、「受診希望場所」等を聞くこととなっている。筆者は、最近各健康保険組合から相談を受け、様々な「アンケート」を見せてもらったが、本来だったら聞くべきことを落としているケース、聞きすぎているために無用にアンケートが長くなって回答率が下がるケース等課題は多い。

 例えば、健康保険組合連合会が作成している標準的なアンケートの場合も「過去に保健指導を受けましたか」と聞いているが、現在一般的に「保健指導」として認識されているのは、医師が診察時に「もう少し運動しましょう」と一言注意したようなケースであり、今回厚生労働省が定めたような「最低40分の面談3回」のような場合は想定していない。このため、この項目は聞いても無駄になってしまう。

 このように「アンケート」一つをとっても、各健康保険組合の苦労は相当なものであるが、今後これらをまとめて「計画書」を策定し、来年度以降には実施に移さなくてはならない。厚生労働省が指定する「計画書」は、分量的には10数ページを予定しており、けして分厚いものではないが、平成24年度の目標値である健診実施率80%、保健指導実施率45%に向けた「中身のある計画書」が要求されている。

 厚生労働省も、各健康保険組合が単独で特定健康診断、特定保健指導をやり切ることは難しいであろうと想定し、様々な民間業者が支援に回ることを奨励している。例えば、健康診断と健診結果の管理に関しては、「代行機関」という概念に基づき、健康保険組合が実施すべき事項を代行して行う事業者が生まれ、健保組合と健康診断機関の間のデータのやりとり、請求、支払いの代行等を行う。まだ、保健指導に関しては、全く新しい分野であるため中小を含めた多くの事業者が参入している。

 年間1兆円の新市場に向けて、健康保険組合を支援する業界が健全に育って行くかどうかに関しては、今後非常に興味深い。厚生労働省も規制を掛けるのではなく、敢えて多くの事業者が参入し、切磋琢磨しながらサービスを形作って行くことを期待しているということである。次回以降、健康診断、保健指導、計画策定等の各分野においてサービス提供をしている事業者の例を引きながら、今発生しつつある市場についてもう少し詳しく解説させて頂きたい。