ヘルスケアの「明日」を語る

24時間の在宅医療を支える仕組み:松原アーバンクリニック

2006.10.01

少子高齢化社会の多様な暮らしを支えるコミュニティ資源としての「注目」医療サービス(12)

松原アーバンクリニック

今年4月の診療報酬改定は、医療界に多くのショックを与えた。今までの改定とは比べものにならないほど、厚生労働省は医療費の伸び抑制に向けて大きく舵を切り始めたのである。最もショッキングだったのは、「療養型病床」の大幅削減である。療養病床は全国で約38万床存在した。そのうち13万床を占める介護療養病床の廃止と、25万床を占める医療療養病床の15万床までの削減を打ち出したのである。これらの病床は今後、老人保健施設や介護施設への転換が促進され、療養病床に患者はそれらの施設へ入所するか、「在宅」に帰ることになる。
 確かに、療養病床に入院していた患者は必ずしも医療依存度が高くなく、医療保険を使って入院させることには疑問がある。10年間以上も入院する患者もおり、掛かる医療費は1億円を越えるケースもある。また、病院というのは本来「治療」の場であり、「ケア」の場ではない。患者のQOLを考えるなら、在宅に帰ることが遥かに望ましい。

しかしながら、「在宅」に帰る、と言っても患者側には不安もある。数十年前とは異なり、今では自宅での療養・看取りを経験した人は非常に少ない。「十分な治療、ケアは可能なのか?」、「サポートしてくれる医師はいるのか?」、「夜間連絡はつくのか」、「いざとなった時、検死にならないか?」等々の不安に答えるべく、厚生労働省は「在宅療養支援診療所」という制度も打ち出した。

「在宅療養支援診療所」とは、文字通り患者が在宅で療養、もしくは最期を迎えることを支援するための診療所制度で、24時間の電話・往診対応を条件として、一般の診療所と比べ訪問診療料が約2倍に設定されている。「在宅療養支援診療所」は、看護師、医師の夜間・休祝日も含めた連絡先を患者に明示する義務がある。

「在宅療養支援診療所」は、届出制であるため、今までも訪問診療を行っていた診療所の多くは届けを出したと推測される。日本全国では約1割の診療所が届け出ている。しかしながら、本当に全国の1割弱の診療所が夜間の電話や往診以来に対応することが出来るのだろうか?筆者はこの点については、極めて懐疑的である。特に近年の開業傾向として、診療所と住居を分ける傾向があり、多くの診療所は夜間対応していない。

では、反対に「赤ひげ先生」が頑張って夜間、休・祝日対応すれば良いのだろうか?筆者はこれに対しても疑問を持っている。病院に勤務する小児科、産婦人科医師が、当直回数が多くバーンアウトしていくケースが近年大きく取り上げられるようになったが、「在宅療養支援診療所」の医師もその危険性をはらんでいる。一人で開業した場合、24時間365日対応は、常に当直をするのと同じ環境であり、長続きは難しい。現に筆者の周りでも、在宅医として頑張っていた「赤ひげ先生」がバーンアウトして倒れるのを多く見て来ている。

 「在宅療養支援診療所」の24時間365日対応を実現するには、「赤ひげ先生」の努力ではなく、「仕組」が必要である。「在宅療養支援診療所」は「箱のない病院」でなくてはならない。「箱のない病院」では、「病室」の代わりに患者の「自宅」がある。患者を診る「仕組」として、病院と同様、複数の医師が勤務し、持ち回りで患者に対応しなくてはならない。また医師間に完全な情報連携が出来ていないといけない。これを可能とするのがグループ診療と電子カルテによる情報共有である。

今回の事例でご紹介するのは、医療法人プラタナスの分院である松原アーバンクリニック(世田谷区;梅田耕明院長)である。

同クリニックは、昨年12月に設立された18床の有床診療所である。病床は、あくまでも在宅療養・看取りを支援するためのものである。患者や家族にとって在宅での療養・看取りは不安が大きい。また在宅だけでは出来る医療に限界がある。このために病床はメディカルショートステイやホスピス機能として存在する。
 松原アーバンクリニックは、老人ホームの大手であるベネッセスタイルケアと提携して設立された。立地もベネッセのアリア松原というホームと同じ建物に入っている。現在同法人では、ベネッセホームの入居者を約800人在宅で診ている。ホームでは看ることが困難な病状になった時、松原アーバンに入院することとなる。

また、同時に松原アーバンクリニックは世田谷、杉並、目黒等の地域の一般患者に在宅医療を提供している。医療内容は、在宅酸素(HOT)、中心静脈栄養法(IVH)、在宅看取り等、高度な在宅医療を提供する。現在の在宅患者は約50名で、主としてターミナルの重症患者を診ている。半年で看取り数は約40件である。患者の多くは、がんセンターからの紹介で来院する。
「在宅療養支援診療所」として24時間365日対応するために、松原アーバンクリニックにはいくつかの「仕組」が導入されている。まずは、「グループ診療」体制である。同法人で在宅に関わるのは、院長を含め7名の常勤医、6名の非常勤医、5名の当直医であり、「ダブル主治医制」をとっている。また情報共有のために「電子カルテ」や「患者情報共有ファイル」が活用される。
 初診の患者に対して、梅田院長は1−2時間掛けて、松原アーバンの仕組も含めた説明を行う。日頃患者を診るのは、病状、住居の所在地から見て最も適切だと思われる担当医(第1主治医)であるが、常にその診療内容は電子カルテを用いて、院長(第2主治医)や他の医師と共有される。夜間や祝日に、担当医(第1主治医)が対応出来ない場合は、担当医(第1主治医)や院長(第2主治医)の指示を受けて、動ける医師が往診に行く。その場合は、電子カルテや患者情報共有ファイルを用いて該当患者の情報は共有される。

老人ホームの入居者は多くは比較的病状が落ち着いているので、毎回の往診内容を記録した「患者情報共有ファイル」を用いて情報共有を行っている。しかしながら、一般在宅のターミナル患者は病状が刻々と変化するので、よりタイムリーな情報共有を必要とする。電子カルテによるリアルタイムでの情報共有が望ましいのであるが、在宅の現場にパソコンを持ち込んでベッドサイドでパチパチ入力するのには、患者も家族も医師も抵抗がある。このため、松原アーバンではディクテーション機による吹き込みを行っている。診察が終わった後吹き込みを行い、それを持ち帰って事務が入力し、医師が電子カルテに貼り込む。

今までは松原アーバンで在宅支援の事務担当が入力していたが、今後は効率を考え、鹿児島に業務支援センターを構築する予定である。ディクテーションされた内容なデータのまま鹿児島に送られ、そこで自宅勤務の看護師が入力して送り返されて来る。

夜間対応するのは、研修目的を兼ねて勤務している若い当直医の場合もあるのだが、院長からの指示を受け、電子カルテの内容を見ながら往診するので、適切に対応することが出来る。このような松原アーバンクリニックの仕組は、患者にも担当医師にも安心・安全をもたらし、在宅療養・看取りを継続的に可能にするための一つのモデルだと考えられる。

掲載:月間シニアビジネスマーケット2006年11月号