ヘルスケアの「明日」を語る

少子高齢化社会の多様な暮らしを支えるコミュニティ資源としての「注目」医療サービス(5)

2006.06.19

第5回 医療法人社団レニア会 武谷ピニロピ記念 きよせの森総合病院

きよせの森総合病院は、東京都と埼玉県の県境にある清瀬市に位置する。主要科目は、産婦人科と眼科で、病床は91床。病院は、1975年に建てられたものであり、年数を経ていることが外観からも伺える。しかし外観のイメージとは異なり、同病院は約1400件の出産数と約600件の白内障手術を誇り、清瀬市を中心とした西武線沿線の患者に明るい未来と光を与えて来た。同病院は、1998年には日経ビジネスの「良い病院」ランキングにも5位で掲載されたことがある。実際、中に入ってみると事務や看護師は皆、明るく微笑みを浮かべながら、患者対応に当たり、混んでいる外来部門ですら「病院らしからぬ」暖かな接客精神を感じさせる。

きよせの森総合病院は、以前この連載で取り上げた聖路加国際病院のように、全国に名が知れ渡った病院ではない。そういう意味では「知る人ぞ、知る」名病院と言えるかもしれない。しかしながら、コンセプトの明確さ、革新性、医療技術、患者サービス力においては、全国の有名な大病院と肩を並べる以上の実力を持った病院ではないだろうか。

現在のきよせの森総合病院を形作った二人の女性がいる。一人目は、創業者で理事長の武谷ピニロピ氏、二人目は、副理事長で助産師の武谷典子氏である。レニア会の「レニア」はピニロピ氏の呼び名からとっている。

ピニロピ氏は、ロシア革命のため両親が日本に亡命する途中、ハルビンで産まれた。8歳の時に来日、会津で幼少から女学校時代を過ごし、18歳で単身上京、女子医専(現、東京女子大)に入学した。戦時中、ピニロピ氏は外国人としての差別を受け、様々な試練にさらされたそうである。

戦後、眼科医として修行をしたピニロピ氏は、1950年に縁があって清瀬駅から歩いて7〜8分のところに診療所を開設した。待合室と診察室と当直室しかない小さな診療所がきよせの森総合病院の前身である。当時、清瀬には結核病院は多かったが、一般の患者を診る医療機関はなく、事実上の無医村だったそうで、公衆衛生や予防教育も含めて地域の患者にプライマリケア一般を提供する診療所となった。
 武谷典子氏は、清瀬の森総合病院(当時は、武谷病院)の産婦人科病棟の婦長として、1995年に入職した。1999年に副理事長に就任し、夫の光氏(ピニロピ氏の次男;前理事)とともに、院内で数々の革新的な取り組みを展開している。

まず、産婦人科を戦略的な重点科目としての位置付け、強化した。この一環として2階にあった産科病棟を、より病床のとれる3階の一般病棟と入れ替えている。工事費も1億円近く掛かったということだが、入院患者を抱え、医療を提供しながらのフロア入れ替えは、相当綿密な計画と強い意志を持った実行能力を要する。少子高齢化が進み、訴訟のリスクも増える中、民間の小中規模病院では、産婦人科を閉める傾向にある。しかし、きよせの森総合病院は反対に産婦人科に賭けたのである。成果は出産数の増加で、移転の前年は1000件に届かなかった出産数が、現在は約4割アップしている。

また、患者サービスに力点を置き「接遇日本一」を院内の目標に掲げ、人事考課の重点項目に設定し、報酬制度に連動させた。同時に、きよせの森病院の場合、主要科目が産婦人科と眼科なので、どちらも入院して来た時より嬉しい状態で退院することが多い。「喜び」の医療を提供する者が、接遇に力を入れると、患者から「感謝」という最大の報酬がもらえる。このこともプラスに寄与して、院内に入ったとたん、明らかに他の病院と異なる雰囲気作りに成功している。

このような、病院経営戦略の教科書に載りそうな取り組みだけではなく、きよせの森病院は旧来の考え方に縛られず、「知恵」で勝負することも忘れていない。2000年にはミレニアム・キャンペーンと称して、毎月出産した妊婦を対象に10万円(2名)と5万円(2名)のキャッシュバック・キャンペーンを実施していた。このキャンペーンの抽選会は毎回非常に盛況で、妊婦には大評判だったにも関わらず、東京都の保険局から中止の指導が入った。産科は自費診療であるため、違法性はなかったが、結局病院で勤務する医師や派遣元の医局の立場を慮って、中止せざるを得なかったのは残念である。

レニア会では、毎年「赤ちゃん」をテーマにした絵画コンクールを行い、入賞作は表彰するとともにカレンダーを作り、患者さんや地域の方々に配っている。プロに限らず、大人も子供も伸び伸びとしたタッチで思い思いの絵が300枚も寄せられ、同病院が地域に溶け込んで、一つの文化を作り出していることが見て取れる。

2005年11月、レニア会は同じ西武池袋線の大泉学園駅から歩いてすぐの立地に不妊治療クリニック「ウィメンズ・クリニック大泉学園」を開設した。不妊で悩む夫婦は、7〜8組に1組と言われている。不妊治療は患者に身体的、金銭的なストレスが掛かるだけでなく、精神的なストレスも大きい。きよせの森総合病院にも、幸せそうな妊婦に囲まれて、肩身が狭そうに不妊相談に通う女性が多く、この人たちのために専門のクリニックを作ることが武谷典子副理事長の夢であったという。

不妊治療は、完全な自由診療で、非常に収益性の高い分野である。クリニックによっては、患者さんのケアなどは二の次で、特に収益性の高い体外受精を工場のようにさばくことにより、利益と治療成績を稼いでいるところも多い。このため、元々精神的ストレスを抱えている患者が益々追い込まれて鬱状態になることもある。ウィメンズ・クリニック大泉学園は、「鬱にならない不妊治療」を目指して、メンタル面も含めたトータルケアを行っている。心理カウンセラーや患者様サービス専門の元客室乗務員を配置し、看護師は不妊専門カウンセラーの資格をとった。医師も出来る限り傾聴を心がけ、最初にじっくり話を聞いて、見積もりを出すことをコンセプトとしている。他の不妊治療クリニックが収益性が悪いと避けるタイミング法の教育等にもきちんと実施している。

昨年11月に開設したばかりなので、まだ待望の治療成果ベビーは産まれていないが、きよせの森病院の産科スタッフが笑顔で迎えてくれる日は遠くはない。大泉学園で不妊治療を受け、きよせの森総合病院で出産し、同病院の小児科をかかりつけ医にして子育てをする。少子高齢化の背景には、出産・子育てへの不安がある。これを一気通貫で支援する素晴らしい仕組みをレニア会は提供している。各病院が産科、小児科から手を引いている今、見習うべき事例でないだろうか。

掲載:月間シニアビジネスマーケット2006年4月号


執筆者:大石佳能子 Kanoko OISHI
株式会社メディヴァ 代表取締役。大阪府出身。幼少時代をニューヨークで過ごす。大阪大学法学部卒、ハーバードビジネススクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。