ヘルスケアの「明日」を語る

少子高齢化社会の多様な暮らしを支えるコミュニティ資源としての「注目」医療サービス(4)

2006.04.01

第4回 ナカノ在宅医療クリニック

クリニックから車で15分、農家風の日本家屋に到着した。1階はガレージで、鉄製の外階段を登った2階の玄関を入ると仏間があり、その奥を建て増したような部屋に介護用のベッドを並べて患者さんが二人寝ていた。二人とも90歳ほどのおばあちゃんで、意識はあったが認知症らしく、こちらを振り向くこともなく、宙を見ている。一人は反芻するように口を動かしていた。二人とも色つやは良く、非常に穏やかな顔つきである。壁には、クリニックが贈ったお誕生日の花束を抱え、中野院長とともににっこり微笑む写真が飾ってあった。

ナカノ在宅医療クリニックは、平成11年末、鹿児島市に開設された訪問診療を専門とするクリニックである。「訪問診療」とは緊急時に呼ばれて患者宅を訪ねる「往診」とは異なり、定期的、計画的に患者宅を訪ねる診察形態である。ナカノの患者数は約110で、一般的な訪問診療医が診ていると言われる数の2倍である。

患者の容態も重症の者が多く、在宅で終末期を迎える者、神経性の難病を抱える者等、他で二の足を踏まれるような患者も引き受けている。担当患者に関しては、中野院長は24時間電話を受けるし、緊急時には夜中であろうとも駆けつける。

病院ではなく自宅で療養することが、患者のQOL上も医療経済効率上も不可欠となっているなかでは、在宅医療は無くてはならない存在となっている。国も訪問診療医を増やそうと試みているが、未だもって十分な数が確保できる目処は立っていない。訪問診療を担おうとする医師が居ない訳ではないのだが、重症は診ない医師、効率的に診ることができない医師、バーンアウトして廃業する医師も多い。ナカノ在宅医療クリニックの場合、院長の方針である「抱え込まない」ことと、「IT化」により、効率的に重症な患者への手厚い対応を実現している。

院内では、たった一人の常勤医師である中野院長が全てを「抱え込む」のではなく、開業当初から院長と二人三脚を組んで、現在はナカノ付属の訪問看護ステーション長を担う植屋さんを初めとした看護師との「チーム医療」を実践している。院外では、患者の容態に応じて、皮膚科、泌尿器科等の医師にも往診してもらい、検査等は臨機応変に地域の病院を活用している。外部の訪問看護ステーションや訪問介護事業者とも連携する。医師が「抱え込まない」ための仕組みとして活用されているのが、電子カルテやメール等のITである。

「チーム医療の要は看護師。医師はそれを支援する役目」と中野院長は言い切る。新しい患者が発生すると、まずは看護師が患者本人、家族、退院先の病院、前の主治医、ケアマネージャー等々から情報を収集する。殆どの患者の場合は、週1回ないし週2回の定期診療となるのだが、看護師は前回の訪問時以降の患者情報を集め、往診時のポイントを明らかにする。

診察当日は、ドライバーが運転する車に、中野院長と看護師が乗り込み、患者宅へと向かう。訪問数は日に10軒を越える。患者情報は全て電子カルテ化され、ラップトップ・パソコンに収められて持ち運ばれている。患者宅に着くと、中野院長は看護師に本日の診療のポイントを確認しながら、本人、家族と話をし、診察をし、その合間にベッドサイドでパソコンに患者情報を入力する。診察時間は15分から20分くらいである。場合によっては、外部の訪問看護師やケアマネージャーが同時に患者宅を訪問し、その場で看護方針、介護方針を検討することもある。検査が必要であれば、連携先の病院に連絡をとり依頼を行う。院内では看護師のコーディネート能力をフルに活かし、院外も連携先を巻き込んで医師が「抱え込ま」なくてもよい仕組みを作っている。

夜間に患者容態が急変する場合、ファーストコールは大体、看護師の携帯電話に掛かる。看護師は一週間交代でコール担当を受け持つ。各看護師は、診察が終わった後、全スタッフに患者の状況をメールで送っているので、診療に付き添った看護師以外が電話をとった場合も、自宅でメールを見ながら対応が可能である。院長が電話を受けてカルテ情報が必要な場合、自宅に持ち帰ったパソコンを開ければ電子カルテがある。もしも緊急入院が必要になった場合も、その場でカルテを見ながら紹介状が書ける。ここでも「IT化」が「抱え込まない」医療作りを促進している。

開業する前、中野院長は大学病院の検査センター長を務め、ITを駆使した院内のネットワーク構築を行っていた。そこでITとネットワークの持つ力を確信し、開業時には活用しようと心に決めたという。また医師には珍しく、「病院絶対主義」ではなく、「ケアの場として病院は適していない」、「自宅のほうがケアの質は上がる」、「病院のヒエラルキーのなかで出来ない新しい医療が在宅ではできる」と言う。例えば、床ずれが出来てしまった患者さんには、食品用のラップで患部を覆い、適度な湿気を保ちながら自然治癒力を促進する「ラップ療法」を積極的に取り入れているが、大病院であったら絶対受け入れられなかったであろう。

ナカノは、本人・家族や病院が持つ、「癌のような重大な病気を自宅で最期までフォローするのは無理」だとする意識を改革することにより、在宅ホスピスも推進している。

「しっかり勉強して、お互い賢くなり、業務分担して連携を深め、IT(電子カルテ)を用い連携のコストを安くして、楽して仕事の質を高め、地域医療サービス向上に貢献する。これが我々の目標である。そして在宅でも確実なホスピスケアが展開できる。良質な地域医療ネットワークシステムを、ぜひとも構築したいと考えている」ということであった。

医療制度改革の一環として、在宅医療の普及は大きな目玉となっており、平成18年度の診療報酬改定においても、24時間在宅患者への応対、診療が可能なクリニックを「在宅療養支援診療所(仮称)」として位置づける案が中央社会保険医療協議会で提示されている。これは、昼間の定期訪問は行っても、夜間対応に関しては「知らない」とする無責任な診療形態を無くすためであるが、効率的な仕組みが無ければ、医師にオーバーワークを強いるだけの結果となりかねない。ナカノの「抱え込まない」効率的な仕組みは在宅医療のモデルであり、全国における普及・展開が望まれる。

★掲載 月間シニアビジネスマーケット2006年3月号