ヘルスケアの「明日」を語る

少子高齢化社会の多様な暮らしを支えるコミュニティ資源としての「注目」医療サービス(3)

2006.02.01

第3回 聖路加国際病院

エルメスやルイ・ヴィトンのようなブランド品と同様、病院にも「ブランド病院」というものがある。ブランドとは、「高価であること」や「ネーミング」や「マーク」だけを意味するのではない。消費材の分野で、ブランドが「作り手の理念に基づいて、より高い付加価値を生み出すよう設計された商品・サービス」であり、「作り手と顧客によって価値を共通に認知できるもの」と定義される。ブランド品が高価なのは、「価値が共通に認知される」結果にしか過ぎず、高いからブランドなのではない。

病院におけるブランドも同様に、医療、患者サービスの細部が「理念」に基づいて設計されていることと、その結果、病院のスタッフと患者が「価値を共通に認知できる」ことが必須となっている。聖路加国際病院は、「理念」の存在、医療、サービスの細部まで細かく設計がされている点、患者を含めた全病院関係者がその「価値」を共通認識できる点、において最も強力なブランドを持つ病院の一つだと言える。
 聖路加国際病院は、東京都中央区にあり、築地中央市場の側に立地する。2300坪の敷地に18500坪の地下2階、地上11階の建物が建っている。病床520床、科目は内科、小児科、産婦人科等はほぼ全科を揃えているが、これに加えて、人間ドック、緩和ケアも存在する。一日に訪れる患者の数は2500名を越える。病院に併設して聖ルカ国際病院礼拝堂があり、入院、外来患者のため、またスタッフに祈りの場を提供している。毎日曜日には100人前後の人が礼拝に来るが、平日にはチャプレン(祭司)が病室を訪問し、患者や家族の話を聞く。

聖路加国際病院は、明治初期に築地の外国人居留地に宣教医師が設立したものであるで、明治35年に米国聖公会のトイスラー博士が買い取り、聖路加病院となった。その後、関東大震災で病院が倒壊したり、戦時体制下には大東亜中央病院と改称したり、戦後米軍に接収されたり、歴史の変遷を経たが、1992年に現在の病院が完成した。患者サービスや病院のアメニティに対する意識が低かった当時に、病床のほとんどを個室にしたことで話題になった。同時に、現在の理事長である日野原重明先生の提案で、戦時や大規模災害時にも病因機能を果たすことができるよう設計され、それは1995年に築地駅で地下鉄サリン事件の被害者が大量発生した時、最大の被害者受け入れ先になるなど、力を発揮した。廊下や礼拝堂にも患者を受け入れることができるよう準備がされていたのである。

聖路加国際病院の「理念」は、「キリスト教精神の下に、患者中心の医療と看護を行うこと」である。「患者のために」という理念は、多くの病院で見られるが、聖路加国際病院の場合、その理念がスタッフの具体的な動き方に反映されるよう、10項目にわたる「運営の基本方針」を設けている。そこに定められているのは、「1.キリスト教精神の『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』の黄金律を日常の診療・教育・病院管理の活動の中に具現する」というような普遍性を持つものから、比較的最近定められたのではないか、と思われる「9.地域住民に適正な医療情報の提供を行い、その教育的医療の実践を通して、21世紀の日本の医療システムの進歩に寄与する」や「10.積極的に医療の国際交流をはかり、我が国の医療水準の向上に寄与する」というようなものも定められている。「運営の基本方針」は定期的に更新されていて、直近のものは2005年9月付けである。


執筆者:大石佳能子 Kanoko OISHI
株式会社メディヴァ 代表取締役。大阪府出身。幼少時代をニューヨークで過ごす。大阪大学法学部卒、ハーバードビジネススクールMBA、マッキンゼー・アンド・カンパニー(日本、米国)のパートナーを経て、メディヴァを設立。